小説

形而の図書室

「シコウシテ、って言葉あるじゃん?」 「しこうして?」 「そう」 「考えろって?」 「ちがうちがう」 「志すみたいな?」 「いやいや一文字の」 「一文字?」 「ケージジョーガクのジの字のさ」 「じのじのさ?」 「じのじのさ!」 「ちょっと」 「あ、ア…

りいこ、つめたい光りのあつまりのこと

水田に張っていた氷が融けて、雪は畦に読点のようにのこるばかりになっていた。枯れた風景があらわになり、つい二、三週前に水面をにぎわせていた渡り鳥たちのすがたもなく、うらさびしい風が吹くだけの土地を見て、わたしはそのときおさめた映像のことを思…

ボクのうんちが飛んでいく

下水道管を伝って、ボクのうんちが飛んでゆく。ボクんちのトイレに置かれた便器のなかから、通ったことのない道をくぐり抜けて、ボクのしらない場所まで飛び立っていく。それがふしぎでしかたがなくて、いつの日かボクはうんちといっしょにその場所まで行っ…

あなたが消える必要なんてないのに

センシティブが過ぎるから、目や耳にするものがたやすくからだをつらぬいてしまって、いびつなぎざぎざのきずぐちがたくさんできる。その赤くなったからだの一部が、夜な夜な点滅をくりかえして「わたしを見てよ」とずっと声を上げつづけているのを、無視し…

血へ問え

ひとは痛い目をみないと学べないんですねえ、と自らの手ににぎったノミにハンマーを叩きつけ、右足の小指をいきおいよく切断した。血しぶきがピッと跳ねて、前方のガリ勉たちにふりかかり、その結果ではなく、準備動作の段階で悲鳴を上げたくちのなかに着地…

川の中流れいこ

無痛分娩だった、って貴水がいってたって、有川がさ、脚の運びを推したり妨げたりする水の流れに気を張っているところに、皆川が声を発しながらわたしの背に掴まろうとする。布越しに彼女の手が肩に触れ、わたしは重心を更に深く落としてその場に留まろうと…

ずだだだどろどろ

まつゆりちゃん、今日はいつもとちがって大人っぽくて、なんだか素敵〜とおめめぱちくりまつげはほろり、ついでに口紅ぺろりまでしちゃって、ほわわ〜いま目があった! 目があったよぜったい! わたしとまつゆりちゃんのまなことまなこがどっきんぐ! いやん…

アントン・ルシェーの冒険

穴ぐらの奥深くからひびくおそろしい唸り声は、アントン・ルシェーのなけなしの勇気を打ち砕くにはじゅうぶんすぎた。やっぱりやめておこうと引き返そうとする彼を、後ろに立つロイ・バージェスは怖気づいたのか?とせせらわらって挑発する。なにかいい返そ…

老馬の味

居直るようにして盆に置かれた飯の盛り方に、時子は昨日、アパートの階の隙間から覗いたしめった土の上で黄色い野花のゆれ咲くさまを思いだし、さらに今朝章介さんが「ずいぶんと聞きわけがよくてね」といったときの、感慨のこもった「ずいぶんと」の程度を…

ココモレのヒンカリ

オウリー・パークの蝶番に蜘蛛の巣が張ってあったとベニマルが気づいたのは2月の頃で、それを思いだしてパルに伝えたのはもう桜も散った5月も末のことだった。クライシアン・ガーデンの畑ではすでにねずみ狩りがはじまっており、ブラキオ・ブリッジの下では…

犬の歯

犬の歯が転がっていた。一目では数え切れぬほどに方方にちらばり、土のつめたさを強調する荒涼さが周囲に漂っていた。なかには歯肉が残っているものもあって、赤赤としたそれに茶と黒の入り交じった体毛が付着していたり、かたまった黒い血や、できもののよ…

生のデッサン#1

……んが、小早川氏のあしもとを気のたった蛇がうねるように横切っていったので、ひ、と息をのんだのでしたが、そのおどろきはほかのだれの耳にも入ることなく、わたしの呼吸器と感覚器のなかだけで完結してしまったのでした。でも、そのときはじめて、ムン坊…

さつきちゃんが帰ってこない

フライトの時間が迫っていた。ちょっとお手洗い、といいのこしてさつきちゃんはかれこれ1時間ももどってこない。これもってて、と手わたされた濃いめのホットチョコレートは液体から固体への形態変化をじわじわと進行させており、わたしはすでに飲みほしてし…

もぎに川下

オーロラ沢がバタフライしていた。おれは伸るか反るかのところで自分のからだを信頼しきることができず、気合の声を張り上げながら足裏に刺さる砂利粒の痛みに耐えていた。 「ガンマ! いったれ!」 橋の上からはライチたちが好き勝手にわめいており、時折き…

エフェクト処理の日

その日は万歳をして終わった。あたまのおかしい上司といっしょにしごとをすることに慣れきっていたわたしは何の感慨も抱かずに万歳をした。三唱あまって四勝よとカツ代は自慢の前歯をケタケタさせながらみじかい両腕を高く掲げ、引っ張られたスーツのはげし…

白湯を被る

会社ではもっぱら白湯飲む係として名を馳せているオレだが今朝出社して自分の机の上に置いてある白の封筒の存在に気づいたときとうとうこの生活にも終止符が打たれ新しい時代の到来またはそこへの突入というようなものを己の人生の節目として考えなくてはな…

ひとつの階段といくつかの扉で

階段を降ったところに便所があり、昇ったところに屋上があった。そのちょうど真ん中の踊り場には、わたしがたったいまでてきたばかりの半開きのドアがある。この真緑のドアに付いたからし色のドアノブにかけている手を放せば、分厚い長方形(施工者が手を抜…

喉元をすぎた熱さは

喉元をすぎた熱さはすごいいきおいでころがって、チリにまで届いた。路上に打ち棄てられたサルバドール・アジェンデの肖像画のなかでしばらくくすぶったのを見届けたあと、わたしはそれを拾おうとするのだがなかなかどうして一向につかまることがない。正し…

ステーキ ヤングだんごむし

夜の開店時間まではあと30分ほどあった。その日は定休日だったが店先にそのような看板などは見当たらず、よく目をこらしてみれば店内にはあかりが灯っており、ひとまずわたしは入り口のまえにあるベンチに腰をかけて待ってみることにした。この日はわたしの…

あなたの話をきかせてほしい

「感情が成立しないんだよ、わかるかい?」 「それはかたちにならないってこと?」 「かたちにならないっていうか、そもそもわきたつものがないってことかな」 「じゃあどうやってコミュニケーションをとっているの?」 「感情なんてなくたって、ひとは他人とやりとり…

チョロQ駆けてけ

「落ちた方が負け」 辻本はそういってぼくの目を真正面からきっ、と見た。ぼくはすぐに視線を逸らす。いきなりなんなんだよこいつ。むかつくな。ここはオンナの来る場所じゃないってわからせてやる。 「いや、意味わかんないし。なんでそんなことしなくちゃいけ…

葉のかげの、かげではないところだけ

〈葉のかげの、かげではないところだけをあつめたらどのくらい明るくなる?〉 書かれていた、鉛筆はうすく、ゆびでひとなでしてしまえば消えてしまうような濃さの文字をわたしは見た、机の表面に、わたしの机のうえにそれを見つけた。 「なあ皆原もそう思うよ…

ブルー粘土煮るだけ

きみの涙は減塩だというウワサをきいてからどうにかしてそれをたしかめてみたいと思い、ぼくは料理学校へと通いはじめたのだが、肝心の先生には両腕がなく、「ここでは主に加熱について学んでもらう」と足の指で器用にコンロを着火させたので思わず「ブラボー」…