「シコウシテ、って言葉あるじゃん?」
「しこうして?」
「そう」
「考えろって?」
「ちがうちがう」
「志すみたいな?」
「いやいや一文字の」
「一文字?」
「ケージジョーガクのジの字のさ」
「じのじのさ?」
「じのじのさ!」
「ちょっと」
「あ、アンズっち」
「うるさいよ、ふたりとも」
「ごめんごめん」
「みんな静かに本読んでるんだからさ」
「はーい」
「でもそんなでしょ?」
「そんなだよ!」
「ちょっと」
「あ、ごめんごめん」
「始皇帝」
「え?」
「思考停止の始皇帝」
「は?」
「いや、シコウシテとかいうからさ」
「思考停止の始皇帝、シコシコ実行令を施行」
「ちょっと!」
「ごめんごめん」
「で、いったいなんなのさ」
「なにが?」
「その、シコシコシテとかいう」
「ちょっとったら! もう、やめなよ、こんなところで」
「あらあら」
「アンズっちったら」
「なに、」
「こんなとこじゃあなかったら」
「よかったのかしらってわけでしょう?」
「は、」
「そういうことでしょ、こんなところで、って」
「そそそそ。んもう、えっちっち!」
「あー、もう、いい加減にして!」
「すみません、お静かに願います……」
「あ、ごめんなさい……」
「へっへ、怒られてやんの」
「あんたらの所為でしょ!」
「アンズっち、カワイイねえ」
「うるさい!」
「そうやってどなるときも小声になるところとか、じつに愛らしいよね」
「わかる」
「わかんなくていい! そもそもいったい何の話してたのよ」
「シコ帝でしょ」
「略さずにいうと、シコシコしてえ始皇帝の話」
「だから!」
「いやほんと、からかいがいがあるよねえ、アンズっちって」
「まっすぐなんだよね、あたしたちとちがってさ。屈折してないの。折れ曲ったり捻じ曲がったりしてないの。稀有だわ、稀有よねえ、マレマレのマレ、レロレロのレロ」
「ちょっと、ばかにしてるでしょ」
「ほめてるの」
「はい、ご褒美のチョコレート」
「…………」
「あは、かわいい」
「そうやって差し出されたものを躊躇なく受け取っちゃうところもラブリーだよねえ」
「………」
「だってさあ、文句があっても行儀正しくさあ、口にもの入れたまましゃべらないんだよ?」
「お手本よ。お手本。人生のお手本。生命の模範生。生きとし生けるもののスペシャルスタンダー、」
「うるさい!」
「おお、怖」
「はい、ふたつめのチョ、」
「いらない!」
「あら、むくれちゃって」
「そんなにぷりぷりしないでよ」
「……」
「ほら、アンズっちの好きなラムレーズン入りのもあるよ」
「……」
「へへ」
「おいしいでしょ」
「……」
「で、へのへのもへじがどうしたって?」
「や、とくにどうってわけでもないんだけど、ヘンな言葉だなって」
「そう?」
「だってかたちもヘンだし」
「うん」
「まぎらわしいよね、さっき伝わなかったみたいにさ」
「たしかに。ひとつながりじゃなく思っちゃったもんね」
「しこうして、じゃなくて、シコウしてになっちゃうんだなこれが」
「……あなたたち、文字の話をしてたの?」
「そう」
「しこうして、についてシコウしてたのよ。シゴクまっとうに。シコシコと」
「マジメなガクセーだからね」
「どこがよ」
「ほら、ここに書いてあって」
「ん」
「ああ」
「へえ、こんな分厚い本読むんだ」
「マジメなガクセーだからね」
「はいはい」
「ところでアンズっちがもってるのは?」
「え、これ?」
「あ、それ始皇帝でてくるやつじゃん」
「え、そうなの?」
「や、テキトー」
「だから!」