いやがり

平田オリザ『眠れない夜なんてない』。Hさんの話のなかでオリザの名前が挙がり、べつにこの作品がでてきたわけではないが、戯曲アーカイブにあったので読んだ。前に松田正隆の『月の岬』を読んだときにも感じたことだが、この静けさ、緊張感の放出はすさまじいと思った。なかでも以下のチューインガムの場面のはりつめたムードは圧巻だ。

*原口、チューインガムを膨らませる。千寿子、立って原口に近づく。千寿子チューインガムを膨らませて、原口のチューインガムと接触する。くっついたチューインガムを、千寿子がすべて口に入れる。

マレーシアの日本人移住者向けコテージに夫と住まう中年女性・千寿子と、そこに滞在する日本人たちにとっての便利屋であるひきこもり男・原口の、ガムを介しての、全編を通してのたったいちどの接触。プールで過剰なまでにいちゃつく「離婚旅行」カップルの描写が、ほかの人物による口伝のみで観客に伝えられることによるセクシャル性や、千寿子が「絶対、友だちじゃない」旧友・直枝に対して語る、夫の不倫の真偽のゆれ具合など、とにかく「場の空気」をつくる技術が冴え渡っている。はっきり言って地味な作品だが、その質素なしつらえが立ち上げる亡霊のような情感にホンを読んでいるだけでのまれてしまった。オリザの書いた作品は観たことがあるが、演出した作品は観たことがないので、いつか観てみたい。

playtextdigitalarchive.com
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夜、ポークハヤシライス。小麦粉が少なく、とろみがすこし弱かった以外はベリうまし。明日にはもっとおいしくなっているだろう。

相変わらず鬱気が重いので気晴らしにとまほプリ1話を観る。泣く。絵コンテがマジでいい。ワクワクもんの構図の連続。作画もいい。担当はSDも務める三塚雅人。変身に至る流れもすばらしすぎる。信じるちからだよ、、ちゃんとした感想はマラソンで観たときに書く。視聴しているのはいまだ2作目で、本作は13作目なのでいつになるのかはしらないが、、

墓へ草刈りに行く。軍手をはめ、手当り次第根こそぎにしていくと、むきだしになった地面からはわらわらと蟻の群れがあらわれ、さらにはゲジゲジが物影目がけて疾走し、みしらぬ甲虫が砂利の上を逃走していく光景が眼前に展開された。生きものと触れあう。自然と触れあう。日光を浴びるとわたしの左手首のあたりにはミッキー型の腫れができる。家に帰ると、物置の壁面に青蛙が一匹へばりついていた。



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わたしには躁鬱における「躁」がない。どうせ鬱になるなら躁状態にもなってみたい。

自主制作。zineの設計。だいたいかたまってきたので、あとは中身をつくりあげることに注力するだけ。来月末刊行予定だがはたして。完成したら大学時代の詩関係の恩師たちに送ろうと決める。流通の形式をどうするかはきちんと考えなくてはならない。

ダンスール10-最終11話。流鶯、都、潤平の決定的な分岐点となる舞台の、清々しいほどにまぶしい砂浜という場面設計の勝利。そのきもちのよい風景のなかをかなしみの追いかけっこしていく都と潤平のすばらしさ。10話絵コンテは相澤伽月。11話でも同じ砂浜で流鶯が踊り狂うわけだが、舞台とのコントラストがやはり冴えていた。打ち寄せる波が実写っぽい処理なのがおもしろかった。区切りは想像していた通り。てっきり成長した潤平を映してアニメ版の『なるたる』的におわるのかなと思っていたら、そこは映さずにきれいにおわらせていた(夏姫の強調で期待がふくらんだ2期、望み薄なのか、、? )。10-11話ともに脚本は成田良美。デパプリ後半には参加してくれるだろうか?

じゃんたま10-11話。とくになし。

デパプリ15話。ここね回。冒頭のキリッとした顔つきから、ピクニック最中のコロコロと変わっていくデフォルメ表情まで、ゆたかな顔芸がひかっていた。彼女の想像するピクニックでは、なぜかマリちゃんがギターを爪弾いているのもよかった。ここねがそれぞれをどんな風に思っているのかがわかる。戦闘時にプレシャスを助けるマリちゃんの野太い声や、ナルシストルーからブンドルポーズをダサいと指摘されるセクレトルーさんのかわいさは特筆すべきポイント。ハートジューシーミキサーのシーンでかかる曲はカッコいいなとあらためて思った。デリシャスフィールドに登場はさせれども、ブラックペッパーにプリキュアを助けさせない作劇にはつよいプリキュア倫理を感じた。ピンチのときには男の子が助けてくれる!というジェンダー規範を、第1作目からやぶってきたのがプリキュアシリーズである。また、今話を通して描かれる「まず自分がたのしまなくちゃ」という思想は、前々回も触れた無印からつづくプリキュア論理だ!と思った。

バイス40話。「人類の危機」を「兄弟喧嘩」に読み替える(矮小化する)こと。このスケール感はつまりセカイ系ってこと? シェルターに避難しているような市井の人々の視点を欠落させているのもその舞台設計のためか?

ドンブラ16話。OPに新登場したジロウの不自然さ、挙動のおかしさにまずわらう。どう考えてもむりやり入れている感じ(の演出)。サイコーである。ソノイとタロウのやりとりは関係性のオタクがよろこぶやつだなあと思った。

telephone terrorism temptation

ワーク。この山を乗り越えさえすれば、東京ショートステイが待っている(ほんとうに?)。スケジュールの見通しがつかないワークがあり、その存在が心配ではあるが、、こういう時間的負担がでかいしごとはもう受けないようにしたほうがいいのではと思った。作業量よりも進行の不明瞭さのほうが心身に与えるストレスがでかい。

夜、卵スープ、椎茸鶏。うまい。後者には人参とか、じゃがいもとかも入れたかったが生憎切れていた。

ファクトリーフロアのドラマー・ゲイブ・ガーンジーの2ndアルバムリリースが発表されていた。先行曲を聴く。テンションがアガるサウンド。音楽を聴きながら文字起こしができるような時代がやってこないだろうか。ミニマルミュージックと文字起こしの相性はいい、はず。

youtu.be

youtu.be
自動再生されたSHAOLIN AFRONAUTSもサイコーか??

昨年秋に構想だけしていたzineの具体的な制作に入る。造本・判型・台割の策定。おとなしいものばかりつくっているから、暴れ気味の組版にしたいのだよな。本のつくりがだいたいかたまると、中身も決まっていないのに表紙+目次+奥付のデザインをゴリゴリすすめている自分がいる。ばかのやりかたである。だが、これがいちばんテンションがアガるのだからしかたがない。

操作に重さを感じることが増えてきたので数カ月ぶりにPCを再起動したら、ログイン画面のパスワード入力フォームがでてこず、ずっと島の画像を見せられていた。何分待ってもでてこなかったので、強制終了し、ことなきを得た。



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デパプリ14話。たくみ仮面の名前が発覚回。その名もブラックペッパー。同級たちとのランチの際、サラダに黒胡椒をかけているのがよかった。

少年少女たちの恋を応援するマリちゃんがひたすら推せる。ハートジューシーミキサーでの3人合体決め技のあとのごちそうさまでしたシーン、なむなむポーズでプリキュアたちの髪がふわったゆれるのがベリかわいい。販促全開のプリティホリック推し回だったが、小村×岩井のヴェテランの布陣が嫌味のないたのしい描写でそれを魅せていた。

バイス39話。ひかるくんの母が作劇上死ぬが、これまで存在感が薄かった所為であまりかなしさが伝わってこない。宿主を失ったベイルと、宿っていた悪魔を失った大二を接近させるのはなるほどと思った。また花が口にしていたいまやれることをやる、はプリキュアでも言っていたなと思った。

正義を貫こうとする大二と、彼に対して増長した正しさの感情を浴びせる群衆、平和を守るために偽妻を見捨てろと偽息子に伝えるひかるくんパパと、同じく平和を守るために自らの兄妹を手に掛けようとする大二、という対比のドラマが効いていた。

ドンブラザーズ15話。スポット参戦かと思ったジロウが変身、なおかつグッズ展開(Aパート終了直後のCMでの盛大なフォームチェンジネタバレ!)もあるメインキャラクターとして頭角をあらわしてきてわらってしまった。またキジブラザーがヒトツキ化してしまう展開も、前回でその予兆がほのみえていたとはいえ、じっさいそうなるとすごい展開だなと思う。オニシスターがタロウに想いを寄せている描写もいい。いつの間に!という速度感。そんなふたりの恋路よりも、ソノイとタロウの友情のほうに目が離せない。

ひさびさに鬱期。うごけない。森永マミー1本だけで1日の栄養摂取を済ませる。

夜、豚バラと炒り卵のにんにく醤油。うまい。

ワークワーク。おわらない。が、おもしろい。明け方までやる。

夜、あぶらげの味噌汁。妹が人参きのこ入りそぼろを作っていた。うまい。

Hさんと電話。画面を通してでなく、生身で会いたい。

鬱。よくない。36時間の停滞をやぶって真夜中になんとか這いだし、2日ぶりの排尿をし、水をがぶ飲みして、目玉焼きチーズそせじ丼をつくる。焼いている最中、トマトを丸かじりする。丼には豆腐ものっける。卵は2個。たんぱく質。鬱期に入るとなにも飲み食いしなくなる。なぜならその場からうごけないので。いったいなにから逃避しようとしているのか。わたしには追い立てるものがないといけない。日が薄い。何も気にならない。平坦な風景と心情だけがある。

しぼみ技術

ちほちほ『みやこまちクロニクル』最新話読む、相変わらずサイコーだ。相手の程度を低く見積もってくるデイケア施設からのなめられ話まで身につまされる。やったワークに対する支払いの期限日(およびそれに準ずる期日)をブッチされることがずっとつづいていて、「はーあ」って感じなのだが、そのやるせなさを漫画のなかのちほちほさんの怒号がやわらげてくれた。

to-ti.in
おどろくべきことに1話から最新話まで全話読める

夜、豚バラ+千切り大根の生姜焼き。うまい。

ロボット魂のネリーブレン、迷っていたら予約が締め切られていた。フィギュアの魅力を滔々と語られてみたい。アクスタの魅力はすこしわかってきた(先日来海えりかのアクスタが届いた、かわいい)。グッズといえばドロヘドロのキャップとTシャツも買ってしまった。いまだに商品展開があることのすごさ。

ワークワーク

ひとは怒られると脳が萎縮して認知症の進行に影響がある、とちほちほさんの漫画で読んだばかりなのに祖母にキレてしまう。しかも深夜に。怒られている事象から話を逸らしつづける(しかも本人はずらしていないと言いはる)のがどうしても無理だった。話しているあいだじゅう、目を合わせずずっとテレビ観てるし。怒っている最中に漫画のことを思いだし、なんとか感情を鎮めようと努力したが、「わかりましぇ〜ん」とおちょくりまではじまってどうにかなってしまうかと思った(耐えた)。世の介護に携わるひとたち、マジでリスペクトだよ。怒ったあとの自己嫌悪もさいあくである。わたしを直接しっているひとならわかってくれるだろうけれど、わたしを怒鳴るほどまでにキレさせるって相当なことだ。

日銀総裁の「家計が値上げを受け入れている」、すごいフレーズだ。世が世なら一揆だ。世が世じゃなくても一揆だろと思うが。暴力がないからナメられるんだということがよくわかる。これって核こそ抑止力論者と言ってること同じ?

夜、もやしナムル、豚バラとはんぺんとチーズのアラビアータ。うまい。

ワークワークワーク。〆切直前の判型変更、つまりdeathである。さらには追加要素も増え、日付が変わるまで作業するが脳が回らなくなってきたのでねる。よい睡眠がよい作品/商品をつくるのだ。すすみはわるくないので大丈夫だと思うが、、



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夜、大根の味噌汁、ちくわのからしかつぶしマヨ和え。ほか、漬物、惣菜の唐揚げetc.

咳が止まらない。遅延式のコロナの後遺症か。飴玉を舐めて気を紛らわす。

ワークワーク。同時進行のつらさ。

夜、もやしとひき肉の(コチュ)ジャン(豆豉)ジャン炒め。うまい。

ワーク。うごいているもののうち、ひとつの〆切がのびたので精神的余裕がでる。

メカスの8枚組ブルーレイボックスの発売日が発表されていた。99ユーロ。送料含めたらもっといくだろうが、想像していたよりぜんぜん安い!。1体8800円のブレンパワードのフィギュアはさんざ迷って買わなかったが、買ってもどうせ観やしない円盤はすぐに購買モードになるのだと思った。どっちも大好きな作品/作家だのに、、こうなってくると円安が憎まれる。

『災厄と性愛 小泉義之政治論集成Ⅰ』(2021)読みはじめる、はずだったが集成Ⅱもあわせて序と跋だけ読んで絓秀実『詩的モダニティの舞台 増補新版』(2009)の稲川方人論をぱらぱらめくる。グッとくる書きぶり。廣瀬純といい、わたしの好きな書き手は左翼ばかりだが、右翼でおもしろいテキストを書くひとと言ったら誰なのだろうか。おもしろいかはしらんが、北一輝でも読めばいいのか?

ワーク。一件が落着するかに思われたが、難破。かなしいね。懸念は先に相手と共有しておけという教訓を得る(なんて当然のはなしなんだ!)。

休憩がてらダンスール9話。原作のいいところなので、アニメも同じくいい。が、それは原作のよさであって、アニメのよさではない、みたいなことを思いながら観ていた。バルコニーにでていた夏姫と視線を交わすシーンがより濃密に描写されていたのはよかった。こんなん2期も3期もありますよという宣言のようにしか見えなかったが(だって1クールでは夏姫の出番なんてもうないじゃないか!)、、潤平がつねに浮かれ気味だった今回から、次回予告のナレ+サブタイの落差がすごい。つづけて10話をリアタイするつもりだったが、ワークにかかりきりでいつの間にか放映時間が過ぎていた。

またがりたがりの対抗馬(minority)

ワーク。肩の力を抜くのが苦手。だらけるのは得意。これいかに。

夜、豚バラ大根豆腐の豆乳煮。祖母のつくったブロッコリ卵スープとともに。うまい。大根の下茹でするのを忘れたのでしみがいまいちだった。

さいきんはHさんやQさんから夜によく電話があり、にぎやかなねむりぎわを過ごしている。東京には会いたいと思ってくれているひとがいっぱいいるらしい。うれしいね。

ひさびさに自分の作品を制作をする。去年の秋につくり、海外のダミーブックアワードに投げて落選したきり放置していた写真集(というよりアートブック?)のリメイクおよびリサイズ。造本設計で無茶しすぎた(応募の折、製本が大変すぎて1冊きりしかつくらなかったので手もとに完成品がない、想定しているクオリティに仕上げる技術も設備も資材もない、このまま放っておいたら一生お蔵入りになる)ので、造本に凝らない簡易版としてつくりなおしている。が、やればやるほど印刷所にだしてきれいに製本してほしいきもちになってくる。外注すれば赤字になるのは目に見えているのだが、、チープさが武器になる作品ならまだしも、そうではないテイストのものなので、自家製本のヘボな出来に妥協したくねーのだ。しかし写真集なんぞにお金をかけるんだったらおれは詩集に金をつぎこみたい。できることならつくった本でつぎの本を出版費用を捻出できるようなサイクルをつくりたいっすね、、ダミーのダミーとして印刷をおこなうと、途中で紙が一挙に6枚ぶん印刷・排出され(それぞれの紙に画像がすこしずつずれて印刷される、そのすべてがミスプリントになる)、ポンコツプリンタが!となる。

悪天でめざめる。遠くで雷鳴。窓を叩く雹。風雨。家中の窓を締め、またねむる。

夜、ちくわあぶらげ玉ねぎのカレー粉カマンベール焼き+青のりいりごまかつぶしがけ、西京焼き(鰆、鱈、赤魚:雑な呼称だね)。うまい。

ワークしつつ、今日も自分の制作に手をだす。昨日とはべつの未発表のポスター(印刷予定はまったくないが)作品のリメイク作業。これも去年の制作物で、夏に海外のコンペに投げて落選したもの。供養したいきもちがでてきているということだ。いろいろ調整しているとHさんから連絡があり、深夜まで通話。

気がつけばガサラキを1話ぶん観逃していた。ひとつ抜けたままつづきを観るのも考えたが、00同様きっぱり脱落することにする。先月は1本も映画を観なかったので、今月はアニメを観る時間を削ってそっちにあてたい。



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同人会議。ひさびさ。NFT話がおもしろかった。次号のテーマや発刊日が確定する。プリキュアのエンディングや変身シーンを画面共有で観る体験がよかった。つまり映画ということだ。

デパプリ13話。OPが変わっている! 消えたジェントルーと最前にでてきたナルシストルー。のんきに茶を注いでいたので観逃すところだった。今回はたくみ仮面チラ見せ回。デリシャストーンのちからで吹き飛ばされるたくみパパ(クッキングダムからの使者!)のズッコケぶりにわらう。マリちゃんと対立する兆しがあったものの、直接ぶつかりあう前に誤解が解けるのはいまっぽいなと思った。昨晩の同人会議でプレシャスのプリキュア論理(ジェントルーを信じるのではなく、ジェントルーを信じるわたしを信じて)が話題になったが、たくみくんの「(「ごはんは笑顔」を守ろうとするゆい=)お前の笑顔を守る」も同様のものだと思った。これは無印42話で描かれていた一番大事なものは(大切な人を大事に思う)「自分」であるというロジックの延長線上にむすぶことができる。

レシピッピ強奪時の「味が変わった?!」がその料理にまつわる思いでを消し去るという進化を遂げており、それもおもしろく観た。マンネリ打開策であるとともに、ドラマをつくる強力な装置になっているとも思った。

バイス38話。ライダー4人横並び演出のほどよいダサカッコよさ。リバイス新フォームのカラーリングや顔がいい。番組終了後の50スタンプがぜんぶ押されたが、今後はかさねおし方式で各フォームのマイナーチェンジ形態しかでてこないのだろうか。サブタイトルの「父と子が紡ぐ! 究極のリバイス!」、てっきり五十嵐家だけの話かと思っていたが、狩崎家も絡んでくるのがよかった。

ドンブラザーズ14話。タロウの馬鹿正直さを利用して勝利してしてしまったソノイの葛藤がいい。スポット的に登場したジロウだが、変身すると思わせて(前回次回予告)、変身せず(今回)、と思いきややっぱり変身する(今回次回予告)という流れもよかった。

ワークおよび自主制作。ポスターは完成でいい気がする。

夜、ひき肉レタスの生姜スープ、豚にらもやし炒め、炒り卵入り。うまい。

声がかかるのを待ちつづけてそのまましずかに息絶える

ジョージ朝倉ダンス・ダンス・ダンスール』23巻まで読む。夏姫!!!!!!! こういうキャラって負けヒロインになりがちなので、最終的にどうなるのかはさておいて、直近の展開にひじょうにうれしいきもちになった。ふたりの再会シーン、本をひらきながら身悶え、奇声を上げた。こういう少女漫画的ときめき、大好き! 恋愛要素が邪魔だと思う層もいるんだろうなと思いながら、いやこれこそが!とくちびる噛みしめ唸っていた。

夜、卵サラダ、豆腐とわかめの味噌汁、ほぼカニ、練り物、そせじ。うまい。ほぼカニカニをしばらく食べていないのでほぼカニなのかよくわからなかった。

プリアラとスタプリの1話を観た。前者は1話にしてストーリーテリングに深刻さがあり、後者は作画・画面設計のクオリティがバチバチだった。このまま全シリーズの1話だけ東映アニメーションミュージアムチャンネルですべて観てしまおうかしら。プリアラの料理場面で実写演出が導入されていたり、番組末尾に料理動画をくっつけているのはこんな試みをしていたのかという発見があった。

夜、豚もやし、春菊のおひたし。うまい。食中、唇を噛み、血が滲んで腫れる。

ワーク。メールを打つ、なぜそのことがこんなにも心を疲労させるのか、、

夜、豚バラえのき炒飯。うまい。

咲プロダクション『善さん』(映像視聴)。タイトルの「善さん」、その名で呼ばれる主人公の「悪魔」、彼が住んでいる「平和」な町、悪魔のささやきによって内なる「欲望」を発芽させていく市民たち……と二項対立が軸となって物語が展開していくのだが、冗談まじりのほんわかテイストで幕開けた本作は、歌って踊ってのミュージカル形式なたのしさの合間に『問いかける焦土』(ヴェルナー・ヘルツォーク)の油田火災消防士に宿ったような狂気を漂わせながら、『ドッグヴィル』(ラース・フォン・トリアー)顔負けのカタストロフへとなだれこんでいく。その激流ぶりをたのしんだ。

善さんの住む町には町内会・商店街・役所の三陣営があり、主に前者ふたつの対立が軸となって物語はすすんでいくのだが、その際の「ボス1:手下3」の配置を興味深く観ていた。ボスの語りを、3人それぞれのマイム的なモーションが補足する絵面は、舞台的な華やかさがあり、おもしろさを感じた。個々に何かをやるよりも、複合・分割の体で身体をステージ上に置くこと。ときおりでてくる「踊り」の振付もよかったが、クレジットを見るとどうやら本職はダンサーの出演俳優が担当しているようだった。



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盛夏火『スプリング・リバーブ』(映像視聴)。初の劇場での公演。圧倒的にかましていた。わたしがものをつくる上で心がけていることのひとつ、「埒外からの投擲」が見事に達成されているように思った。作品を「異物」として場に存在させること。ほかの作品を観ていないのだから「比較」はできないのだが、単体でも「浮いて」見えるすごみがあった。矢継ぎ早にくりだされる外部への参照の「流れ」(けっして蓄積ではない)が大小さまざまな波線をつくりだし、やがてそれはクライマックスにて実際的な春の残響=スプリング・リバーブへと結実する。盛夏火のエッセンスの詰まった濃厚な37分だった。

戯曲で読んだとき、カーテンコールシーンの「クライマックスっぽい音」「とにかく明るく、強い、派手な、電力全開の照明」のスケールを想像してめちゃくちゃわらっていたのだが、映像だと思っていたよりも「大音量」でも「ビカビカ」でもなかったのが惜しいなと思った。機材が破壊されるような無茶苦茶がみてみたかった。

西尾大介ふたりはプリキュアMax Heart』(2005)2-5話。シャイニールミナス登場まで観る。1話完結を主にしていた前シリーズと比べて、縦のラインが強調されており、「つづきもの」であることが前面に押しだされている。謎めいた新たな登場人物・九条ひかり(書いていて思ったが平和憲法?!)、ポルンの「めざめ」、長老たちによって語られるプリキュアの使命。4話と5話に至ってはいい場面で幕切れさせて次回につづく!形式のおわりかたをしており、作風の転換が図られていると思った。

2話、長老の口から滔々と語られるプリキュアの使命だが、それを引き受けてほのかがなぎさに向けて発するのは、「クイーンを助けるためなんでしょ、がんばりましょ」。世界が闇にのみこまれてしまうという危機を防ぐためではなく、あくまでもクイーン個人を救うことに重きを置くのがプリキュアスタイルである。戦闘場面で敵に吹っ飛ばされたブラックが着地する際、先に吹っ飛んで土手に転んでいたホワイトに目線をやっているのがよかった。アクションで語らせるすばらしい演出。また、ひかりが登場するシーンの華やかな場面設計も効いていた(きらきらの光、舞い踊る花びら)。クイーンの化身である彼女のとくべつさが画面が伝わってくる。演出・絵コンテは山吉康夫。

3話、なぎさの留守中、部屋を掃除するなぎさママという場面。掃除がおわったあとの画面で本もトランプも散らかしっぱなしなのがウケた。美墨家の教育(?)スタンスがほのみえる。今話でのひかりのとくべつさを伝える使者は蝶々。

4話、おもちゃはちゃんと片づける、とジャアクキングの化身(?)の少年に教え諭すザケンナーのおもしろさ。彼らにも倫理があるのだとわかる。また、サーキュラスプリキュアたちがバチバチ戦闘している場所で、ひとりぽつんとたたずむひかりのシュールさにもウケた。先にも触れたが、ポルンとひかりがともに光に包まれてどうなる?!というところで幕切れ。

5話、シャイニールミナス初登場回。口開け変身のよさよ。変身後にはじめて生身で対面する際、なぎさが彼女を「ひかり」と呼ぶのに対して、ほのかは「さん」付けなのが性格があらわれていてよかった。また、今回はBパートでも変身シーンがあり、シャイニールミナスの印象づけに全力が発揮されていた。サーキュラスといざたたかうぞ!という場面でEND。無印で2話以上連続で引っ張るスタイルが登場したのはラストだけなので、観ていてマジかとなった。しかも次回予告ではそんな戦闘のことなどなかったような語りぶりなのがまたおもしろい。

失調のガイスト、遠征のドグマ

西尾大介ふたりはプリキュア Max Heart』(2005)1話。無印最終話につづいて観る。1stカットはゴミ収集車が美墨家の住むマンションの前を通りすぎるショット。よし美先生のラブラブ新婚生活トークからベローネ学院の新たな1年がはじまっていく軽快なノリがいい。すでに「プリキュア」という枠組みができており、それを破るようなスタイルでもないので、安定感(安心感?)のあるつくりだった気がする。プリキュアたちが前作よりもつよくなっている描写があるのだが、マーブルスクリューの踏ん張りカットすらもパワーアップしていたのがよかった。エンディングが本編ダイジェスト+1枚絵の構成で、無印のものと比べるとどうしても手抜き感を感じてしまった。

最終話まで完走した暁にはMH映画2本を再見しようと思っているが、それがたのしみで仕方がない。きちんと本編を踏まえた上での劇場版のアツさ。上北ふたごの漫画verもテレビシリーズを観おえてから読もうかしら。

ジョージ朝倉ダンス・ダンス・ダンスール』11-12巻。1-10巻を再読しつつ、すこし読みすすめる。「その選択で大丈夫か?」と潤平につっこみたくなってしまう展開がつづき、これが本作の作劇のポイントのひとつなのかと思った。何でもこなしてしまう天才的人物を主人公に据えた際の、先行きの不透明さの演出。

夜、カップ麺、チルドピザ。たまにはこういう手抜き日があってもいい。

ダンスール、18巻まで読む。おれは夏姫ちゃんラブなので、16巻の求愛ダンスにココロを撃ち抜かれた。口にはおろか、文字にすらもできない大好きの感情を、自らの身体を通して、舞台から客席に座る相手に伝える。大切な審査の場において、大勢の観客を前に、それでもたったひとりの想い人に向けて「大好きだよ!」と全身で発声する。なんて尊いアクションなんだろうか、、わたしは言語のちからを信じているが、信じているからこそ、こうした非言語の所作に感動する。そしてそれはダンスを観て感動する回路とまったく同じことに気づく。バットシェバ、また生で観てーーーー。近年はコロナで来日中止つづきだが、次回公演が決まったら無理してでも観に行きたい。ダンスで感極まるほどに心をゆさぶられた、唯一のカンパニーである。

そして潤平をいつもそばで見守り指導してくれるバンダ中村先生のカッコよさよ、、巻を読みすすめるにつれ、初登場時に抱いた印象からキャラクターのイメージがめきめきと塗り替えられていった。声は子安で正解!と思った。こうなってくると2期も観たいよな、、



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デパプリ12話、2回戦闘の密度ある回。心を操られたあまねを救うために、パワーアップした個人技三連撃+合体決め技のコンボをぶちかますプリキュアたち。ただそれだけで涙腺が潤む。一点の汚れもないまっすぐさがまぶしいんだ、、前回くずれがちだったマリちゃんの作画に気合が入っていたのもよかった。

トロプリ最終回やヤムヤム初変身回にもクレジットされていた篠原花奈が今回単独で演出を務めていたが、彼女は東映アニメーション期待のホープなのだなと観ていて思った。貝澤-土田ラインからおふざけコメディ感を引き継ぎつつ、燃える見せ場もカッコよく演出していた。絵コンテは佐藤照雄。アクションシーンにおける溜めのカットがひじょうに巧かった。三叉路の結節点で3人のプリキュアたちに手をつながせ、意志を確認させる場面設計も○。空の星(つまりはあまね≒4人目のプリキュア!)にパンするカメラワークも完璧だ。

拓海のバックグラウンドが明らかになりそうな次回は志水淳児がコンテ・演出、たのしみ!

バイス37話、安心安全vs.自由のコロナ禍で全開になったイデオロギー対立が描かれている。そこで自由のない平和も、平和のない自由も嫌だ!と主人公に語らせるのがどっちつかずの日和見主義なんだよな、と思った。そしてヒロミさんの再登場!

ドンブラザーズ13話。主人公退場の衝撃。次回予告では代替的人物が登場しており、同様の展開はイエローですでにやってはいる(10話)のだが、まさかレッドがというおどろきがあった。

ダンスール8話。夏姫の声が大人びてきこえる。背のびがちな子ではあるが、それは身体の問題でなく、姿勢・態度の問題である。しかしそのひっかかりを取っ払うようなきらめきがパ・ド・ドゥのシーンにはあった。画面を飛び越えてこちらまで伝わってくるふたりの高揚があった。ふたりといえば、潤平と都が思いを通わすシーン、テーブル下の足もとを映すカットも冴えていた。直後の流鶯と海咲の会話(?)シーン然り、漫画に固有の「台詞(フキダシ)の時間」の映像化がうまくいっていた回だった気がする。

念慮につまずけるほど敏感じゃなかった

西尾大介ふたりはプリキュア』(2004)42-最終49話。プリキュアの日から観はじめたので、約4ヶ月かかって完走したことになる。これが原点なのだなと感慨深くなる。クオリティの高い回がバンバンでてくる中盤までに比べ、終盤にちょっと物足りなさを感じたが、総じておもしろく観た。何よりMax Heartという続編があるので、ふりかえるのはまだはやい?

42話、自身の所属する組織ドツクゾーンでも、直属のボスであるジャアクキングでもなく、「我々自身のため」にたたかうことを決意する三幹部。これは今話のラストで「いちばん大事なものは?」という問いに対し「自分」という解を最終的にみちびきだすなぎさと同じ結論である。対立するもの同士が、同じことを考えている構造はアツい。戦闘シーンにも気合が入っており、ダイナミックなくずし作画(おそらく山田起生担当?)や、ホワイトの天井着地、OPでおなじみの爆風吹っ飛びカットの登場などをたのしんだ。戦闘前、なぎさとほのかが公園のベンチにたたずむシーンを照らす夕陽の光もきょうれつ(だからこそ、のちに登場する「闇」が強調される!)で、28話を思いだしたが、今回の演出にも西尾の名がクレジットされていた(後年フレプリとハグプリでSDを務める座古明史との2人体制)。光演出でいうと、ホワイトを闇の世界から救いだしたブラックが「光」のほうに立っているカットがとりわけ美しかった(変身後にも関わらず、名前呼びなところにもしびれる)。今話からなぎほの含め生徒たちの服装が冬服にチェンジするのも見どころ。変身バンクでも格好を変えるのは凝っているよなとあらためて思う。

43話、校舎の出入り口、上履きのままなぎさを追いかけるほのかのよさ。それを天からとらえた構図もすばらしい。下駄箱はなぎさとほのかが決裂する8話でも鍵となる舞台であり、その再演のようなかたちで志穂と莉奈が対立する33話でも決定的な場所となっている。学校という空間において、彼岸と此岸に線を引く分水嶺が下駄箱なのだ。自分と同じく藤P先輩に好意を寄せる同級生を、友人だからと応援するなぎさは、18話でのキリヤくんとほのかの関係も相まって胸が痛む。夜を明かして書いた意中のひとへの手紙の文面と、一言一句同じ言葉を友人に先に言われてしまうというぜつぼう。苛烈だ。

44話、クリスマス回。体育館でおこなわれているクリスマスパーティシーンで意味深に複数回インサートされる校門から時計台へのズームアップカットが印象的。その不穏さを踏まえてやってくる三幹部リーダー・ベルゼイが、開口一番「メリークリスマス」とのたまうのがウケる。何より今話の目玉はキリヤくん再登場だが、藤P先輩の「これって木俣のおじいさんのところへ手伝いに行ったメンバーじゃない?」+木俣「1人だけ足りないけどね」が、冒頭のポルンの「(クリスマスに)やってくるのは(おじいさんでなく)子供ポポ」も相まって「え、まさか」の期待を煽るいい台詞としてさくれつしていた。

45話、合唱コン回。課題曲が本作のED曲「ゲッチュウ! らぶらぶぅ?!」になるメタ感。ソロパート入り前のカノン進行アレンジもすばらしく、戦闘BGMが合唱なのも見どころ。青山一人原画回でもある。

46話、いよいよムードも最終盤。なぎさとほのかが戦地へと赴く際、これまでのたのしかった思いでが回想される展開はエモーショナルだった。挿入歌「⭐︎SHINING STAR⭐︎」をバックに変身するのもアツい。敵の本拠地である三幹部の館と駆けだしておわる構成も、1話完結主体の本作にはめずらしいつくり。

47話、いよいよドツクゾーンの世界へと旅立たんとする場面、それぞれの家(族)のカットを差し入れる心憎さ。そこにはいないなぎさとほのかが、いる体で家族の会話が為されるのもよい。前話に引き続き、今回も連続性を意識したおわりかたで、キリヤくんがホワイト&ブラックを救ってEND。

48話、これまで幾度となく放たれてきたマーブルスクリューも、ラストバトルということで声音の迫力がちがってくる。反旗を翻していた三幹部もとうとうジャアクキングに吸収され、戦地もドツクゾーンからなぎさとほのかの住む虹の園(人間世界)へ、というところで終幕。ダンバインの「浮上」的なおもしろさがある。

最終49話、いきなりレインボーストーム→効かない→OPの起き上がりカットという血湧き肉躍るとんでもないはじまり。登場からずっと「子供」として描かれてきたポルンの成長が、プリキュアたちのさいごのパワーアップにつながる展開もグッとくる。OP曲レインボーストームで決着をつけるのもサイコーにアツく、ここぞとばかりに踏ん張りと手にぎりを反復強調する演出もゲキアツである。ラストバトルがおわり、ほのかの家の縁側で永遠のねむりにつこうとするミップルメップルを見つめるなぎさとほのかの瞳が不気味なのがウケた。ハイライト過多。最初にも少し触れたが、続編があることもあってか、単体としてはあまりいいおわりかたとは思えなかった。だから余韻にも浸ることなく、MHの1話もつづけて観たのだった。



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