
起床。広瀬川の枝垂れ柳をながめながら前橋文学館へ向かう。以前に訪れた際にはなかったでかいスタチューが川辺に立っており、歩みをすすめていくと岡本太郎フェイスがついていた。文学館では「夢の明るい鏡ー三浦雅⼠と1970年代の輝き:「ユリイカ」「現代思想」の軌跡」展。ムットーニのからくりボックスも拝見。3階ではマームとジプシーの展示もやっていた。くわしくはむかほーに書く予定。岸田将幸展の図録と猫町を買い、ウィッチーズ本をゲトる。会場を出たタイミングでYさんからラインがきており、返信してお店の方まで向かっていると、前方からYさんがやってくるではないか! うれしい合流の仕方である。街なかを案内してもらいつつ、町の定食屋とそば屋の2択でそば屋へ。

近留そば店にて、大もりそばにかきあげ+春菊天。天ぷらは揚げたて、そばは打ちたて・茹でたてのサイコーのコンビネーション。うまい。のち、また街なかを案内してもらいながら喫茶店へ。駅の方から県庁に至るまでのそれなりに長い道のりを歩行者天国にする長期的な計画があるそうで、すごいスケールの施策だと感動する。ウィッチーズにも登場していたというラフコーヒーは臨時休業ということで、敷島カフェスタンドへ。信用金庫の入った建物のなかにあり、銀行のフロントを横切っていったフロアの一角にカフェスタンドがこしらえてある、という内装にまずおどろく。カフェとフロントあいだをぶち抜くように拵えられた、ゆるやかなカーブを描いたスロープを登っていくと書店による選書の入ったライブラリーがあるそうだが、そちらは次回のたのしみにして、しばし茶飲み話に花を咲かせる。

のち、ふたたび街をガイドしてもらいながらアーツ前橋まで送ってもらい、再会を誓って別れる。「ゴースト 見えないものが見えるとき」展。これもむかほーに書く。写真はこっちに載せる。観おわり、アーケードを歩いているとオフボーカルの結束バンドの曲が流れており、ふしぎなきもちになった。どうせなら前橋ウィッチーズの曲を流せばいいのに!


前橋の書店といえば、煥乎堂である。以前来た際には詩手帖のバックナンバーフェアが開催されており、中村宏装画の号などをいくつか購ったおぼえがある。今回は稲川方人の『アミとわたし』を落掌。おどろきの¥330。黒田喜夫『詩と反詩』も迷ったが保留し、共和国からの刊行が(もう10年ちかくも前から!)予告されている全集をとりあえず待つことにした。
次いで、水紋。7月にできたばかりだという新刊書店。煥乎堂に比べればちいさな面積だが、隅から隅まで明確な「意志」を感じる棚で構成されており、この時世に新たに書店を地方で立ち上げるという、そのインディペンデントスピリッツを応援するきもちで岡田利規『ブロッコリー・レボリューション』を購入。
前橋最後の晩餐はグルマンカレーにて焼きカレー。オーダーは昨晩ルルルなビールで店員さんにすすめられたもの。ちょううまし。壁のウィッチーズサイン(監督まで来ている!)をパシャって退店。駅ナカの前橋百貨で土産を買い、帰路へ。Rさんからも推薦されていた登利平の弁当はルート的に買い損ねる羽目に。次回の宿題としたい。帰りの電車では読書が捗り、『アミとわたし』を通読、岸田将幸展の図録をだいたい読みおわったタイミングで最寄駅に到着する。

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映画を観に遠出。お目当ては酒井和男『劇場版ガールズバンドクライ総集編【後編】 なぁ、未来』。公開2週目だというのにすでに1日1回の上映となっており、余裕ありまくりのスケジュールで出発する。こんなに時間が余裕があるのだからと行列店で昼食を摂ることにし、福島は伊達屋へ。塩雲呑麺、¥1,230。あまりのうまさに衝撃を受ける。名前を記帳してから100分ほど待ったが、これを食べるためならまた並んでもいい。とにかくスープのコクと旨みがばつぐんすぎる。ここ数年で食べたラーメンのなかで断トツで美味しかった。というか、オールタイムベスト入り確定である。麺もワンタンもチャーシューも、自分の好みから言えばそれぞれちょっと外れているのだが、そんなものは瑣事に過ぎないと言わんばかりにスープにちからづよさがある(完飲してしまった)。スープ一点だけで優勝!という体験ははじめてかもしれない。次回は醤油を試してみたい。必ず再訪する。

食後はハードオフやらブックオフやら書店やらをめぐる。掘り出し物が見つからなくとも、時間はちゃんと流れる。サイゼで胃を満たし、いざ劇場へ。客の少なさにかなしみをおぼえるが、とにかくサイコーのファンムービーだ! くわしくはむかほーで。帰路では路肩を登るツキノワグマのすがたを目撃し、車窓からとはいえ肝を冷やす。「熊出没注意」の看板が自宅の窓から見える場所で育った身ではあるが、熊のすがたを生で見るのは人生初だったかもしれない。さらにひきこもりが捗りそうである。
無職/文化/週報 Season3 #03seimeikatsudou.wordpress.com
長谷川あかりの豆腐と塩昆布の春巻き、うますぎる。大葉がいいしごとをしている、つまりは、スパイス・ハーブ類との組み合わせで無限の可能性を秘めているよう思った(花椒、クミン、生姜……)。冷奴だって薬味との相性ばつぐんなのだから、そりゃそうかとこれを書きながら思った。ひと口目でリピートを決定した(1週間に2回つくった、具の詰まった春巻きラブ派としては、レシピよりも豆腐はもっとたくさんあった方がいい気がする)。
殺す。
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殺す。祖母に対して不遜な態度を取っているのが耐えられない。はやく地獄に落ちてほしい。包丁をにぎるたびに刺す想像をする。
ニャンたち以外のすべての家族が出払ってはじめて家のなかでアルコールを摂取したい気分になる。ということでガルクラパイントグラスの初陣。エビスを2缶開け、チーズはんぺん、シャウエッセン、チーズ目玉焼き、切り落とし豚の青とんマヨソースandスパイス焼きをこしらえる。スパイスはクミン、パプリカパウダー、カイエンペパー。ぽん酢もかけちゃう。うまい。爆音で音楽をかけ、おどりながらクッキング&ドリンクする。ひとり暮らしの気楽さが思いだされる。そういえば当時はこうやって踊って料理をしながら酒を飲んでいたなと思いだす。人生のよろこびってこういうことだというきもちにさえなる。酒を飲んで電話をかけてくるHさんやQさんのきもちがよくわかる。
わたしは自分にひきこもりの才能(どれだけ外に出なくても心身に問題が生じない)があると思っているが、しかしカスが同居しているとそんな才が消し飛ぶくらいにほんとうにつらいのだと日々思いしらされている。祖母の歯軋り(寝ているときではなく、起きているときにすごい音を鳴らしている、なんど止めても数秒後には再開されるので、歯がくだけてしまわないか心配である)はかわいいものだが、カスのいびきは我慢ならない。そのまま呼吸が止まって安らかになりますように。
ふつうの軽音部88話のコメント欄、およびトンネルに描かれたグラフィティに対するコメントを読んでいて、げっそりする。「違法行為」に対する嫌悪・忌避をもって取り締まらんとするその風紀委員的態度が耐え難い。こうした奴隷根性が引き剥がされないかぎり、革命なんて起きやしないのだろうとくらいきもちになる。見かけたのが片方だけだったらそう思っただけで済ませたが、同日に、異なる場所で同じ現象を見かけたのできちんと書いて記録しておく。
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山本ゆりのハッシュド白菜、めちゃうまだった。あかりの春巻き同様、食材の組み合わせからの飛躍を感じるレシピである。計量を面倒くさがるタイプなので、おそらく片栗粉少なめ、チーズ多めの配合で焼いた気がするが、チーズの焦げがアクセントになってぐっどだった。
なんでソファに横たわってスマホいじってるだけなのにテレビの音量上げるんだろう? 死にますように。
上北ふたごのプリキュアコミカライズがおわるとの報。ショックすぎる。
積雪。何もしないカス。殺す。わらいながら選考に落ちたことを語る虚勢を捨てて家事をやれゴミ。なんでこんな日がな一日ショート動画を見ているだけのカスのために飯をつくらなくてはいけないのだ? 『じゃあ、あんたが作ってみろよ』でも観たらちょっとは胸がすっきりするのかしら?
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もろもろのワークにひと段落つき、同人誌・ブログ・むかほーの執筆および関連グラフィックの制作に時間が割かれている。
諭吉佳作/menのインタビュー記事をweb版のBRUTUSで読んでいる際、埋め込まれたSpotifyを再生しながら画面をスクロールしていると、曲が切り替わるたびに勝手に画面がロールバックし、さいあくのリーディング体験だった。ちゃんと設計してください。
すでに納品済み、かつ催しも終了しているのにこちらから促さないと精算の話をしてくれないクライアント、いったいなんなのか。ひとをなめくさるのもいい加減にしてほしい(しかも、連絡しても平気で1週間以上にわたって返事をよこさない! これが軽んじ以外の何であるのか!)。フリーランス新法ってほんとにわたしたちを守ってくれるんですか? 講座があったら受けたいくらい。
城島茂のことをジョウジマシゲルと発声する、合成音声によるTOKIOについての愚にもつかないカスみたいな動画に見入っているカス。
わたしがキッチンに立っているあいだもずっとソファに横たわっているだけなのに、その日の夕食が麺であるとしって「コメも食いたいんだけど」とほざきだすカス。自分で炊けやクソゴミダボハゼが。
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デジモンビートブレイクがほんとうにいい。ほぼ毎話なみだしている。脚本の出来が異常である。とにかく毎回「いい話」なのだ。作画はもうちょっとがんばってほしいが、そうした瑕疵によって毀損されないだけの強固な物語がここには流れている。そこまで話題になっていないのが信じられない。このままストーリーがすすみ、絵コンテのクオリティも維持されるのであれば、オールタイムベストに入ってきてもおかしくない出来という気さえする。
マルタイ棒ラーメン、けんた食堂がつかっているのを見て気になっていて、いざはじめての実食。多加水麺で育ってきたわたしにとって、こういう麺をうまい!と感じられる回路はあまり整備されておらず、単純に粉っぽいと思った。分量通りだとスープも薄い。コチュジャンを足して食べた。
Superstitionのミード、めちゃくちゃ美味しかった。うまいはちみつがそのまま酒になったという趣。再飲したい。
家系ラーメンがもうだめな身体になっているかもしれない、と去年書いた。それから1年ほど経ち、久々に食したが、その思いは確信に変わった。わたしの身体は完全に家系ラーメンを美味しく食べられるものではなくなっている。まずいとは思わないが、美味しくないのである。ひと口かふた口でもういい、という感じ(まるでペーター・ハントケのような、、)。明確なる老い。2025.12.13、この日をわたしの人生における家系ラーメンさいごの日として記録する。
去年書いた記事、さらば、家系ラーメン……
seimeikatsudou.hatenablog.com
チャリにも乗った。ハンドルをにぎる手に冬の烈風が吹きつけ、数漕ぎもすればたちまち指先が赤みを帯びてジンジンと痛みだし、季節的にもう無理だと悟った。翌日からは尻の痛みにふるえた。
MOIW2025の無料配信部分を飛ばし飛ばし見る。アイマスシリーズにさして思い入れもなく、曲やキャラクターに関しても学マスしかよくしらないのに、満席の客席とステージに立ちならぶ新旧たくさんの演者たちから20周年のあつみを感じ、気づけばなみだがこぼれていた。思い入れしかない全プリキュア20thライブに行ったときでさえ、感動はしても泣かなかったのに(書いていて思ったが、円盤化されていないのかなしすぎるな……)! わたしの涙腺の箍はすっかり外れている。








