はじまりバーンでおわりチュン


起床。広瀬川の枝垂れ柳をながめながら前橋文学館へ向かう。以前に訪れた際にはなかったでかいスタチューが川辺に立っており、歩みをすすめていくと岡本太郎フェイスがついていた。文学館では「夢の明るい鏡ー三浦雅⼠と1970年代の輝き:「ユリイカ」「現代思想」の軌跡」展。ムットーニのからくりボックスも拝見。3階ではマームとジプシーの展示もやっていた。くわしくはむかほーに書く予定。岸田将幸展の図録と猫町を買い、ウィッチーズ本をゲトる。会場を出たタイミングでYさんからラインがきており、返信してお店の方まで向かっていると、前方からYさんがやってくるではないか! うれしい合流の仕方である。街なかを案内してもらいつつ、町の定食屋とそば屋の2択でそば屋へ。



近留そば店にて、大もりそばにかきあげ+春菊天。天ぷらは揚げたて、そばは打ちたて・茹でたてのサイコーのコンビネーション。うまい。のち、また街なかを案内してもらいながら喫茶店へ。駅の方から県庁に至るまでのそれなりに長い道のりを歩行者天国にする長期的な計画があるそうで、すごいスケールの施策だと感動する。ウィッチーズにも登場していたというラフコーヒーは臨時休業ということで、敷島カフェスタンドへ。信用金庫の入った建物のなかにあり、銀行のフロントを横切っていったフロアの一角にカフェスタンドがこしらえてある、という内装にまずおどろく。カフェとフロントあいだをぶち抜くように拵えられた、ゆるやかなカーブを描いたスロープを登っていくと書店による選書の入ったライブラリーがあるそうだが、そちらは次回のたのしみにして、しばし茶飲み話に花を咲かせる。



のち、ふたたび街をガイドしてもらいながらアーツ前橋まで送ってもらい、再会を誓って別れる。「ゴースト 見えないものが見えるとき」展。これもむかほーに書く。写真はこっちに載せる。観おわり、アーケードを歩いているとオフボーカルの結束バンドの曲が流れており、ふしぎなきもちになった。どうせなら前橋ウィッチーズの曲を流せばいいのに!




前橋の書店といえば、煥乎堂である。以前来た際には詩手帖のバックナンバーフェアが開催されており、中村宏装画の号などをいくつか購ったおぼえがある。今回は稲川方人の『アミとわたし』を落掌。おどろきの¥330。黒田喜夫『詩と反詩』も迷ったが保留し、共和国からの刊行が(もう10年ちかくも前から!)予告されている全集をとりあえず待つことにした。

次いで、水紋。7月にできたばかりだという新刊書店。煥乎堂に比べればちいさな面積だが、隅から隅まで明確な「意志」を感じる棚で構成されており、この時世に新たに書店を地方で立ち上げるという、そのインディペンデントスピリッツを応援するきもちで岡田利規ブロッコリー・レボリューション』を購入。

前橋最後の晩餐はグルマンカレーにて焼きカレー。オーダーは昨晩ルルルなビールで店員さんにすすめられたもの。ちょううまし。壁のウィッチーズサイン(監督まで来ている!)をパシャって退店。駅ナカの前橋百貨で土産を買い、帰路へ。Rさんからも推薦されていた登利平の弁当はルート的に買い損ねる羽目に。次回の宿題としたい。帰りの電車では読書が捗り、『アミとわたし』を通読、岸田将幸展の図録をだいたい読みおわったタイミングで最寄駅に到着する。




映画を観に遠出。お目当ては酒井和男『劇場版ガールズバンドクライ総集編【後編】 なぁ、未来』。公開2週目だというのにすでに1日1回の上映となっており、余裕ありまくりのスケジュールで出発する。こんなに時間が余裕があるのだからと行列店で昼食を摂ることにし、福島は伊達屋へ。塩雲呑麺、¥1,230。あまりのうまさに衝撃を受ける。名前を記帳してから100分ほど待ったが、これを食べるためならまた並んでもいい。とにかくスープのコクと旨みがばつぐんすぎる。ここ数年で食べたラーメンのなかで断トツで美味しかった。というか、オールタイムベスト入り確定である。麺もワンタンもチャーシューも、自分の好みから言えばそれぞれちょっと外れているのだが、そんなものは瑣事に過ぎないと言わんばかりにスープにちからづよさがある(完飲してしまった)。スープ一点だけで優勝!という体験ははじめてかもしれない。次回は醤油を試してみたい。必ず再訪する。



食後はハードオフやらブックオフやら書店やらをめぐる。掘り出し物が見つからなくとも、時間はちゃんと流れる。サイゼで胃を満たし、いざ劇場へ。客の少なさにかなしみをおぼえるが、とにかくサイコーのファンムービーだ! くわしくはむかほーで。帰路では路肩を登るツキノワグマのすがたを目撃し、車窓からとはいえ肝を冷やす。「熊出没注意」の看板が自宅の窓から見える場所で育った身ではあるが、熊のすがたを生で見るのは人生初だったかもしれない。さらにひきこもりが捗りそうである。


無職/文化/週報 Season3 #03
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長谷川あかりの豆腐と塩昆布の春巻き、うますぎる。大葉がいいしごとをしている、つまりは、スパイス・ハーブ類との組み合わせで無限の可能性を秘めているよう思った(花椒、クミン、生姜……)。冷奴だって薬味との相性ばつぐんなのだから、そりゃそうかとこれを書きながら思った。ひと口目でリピートを決定した(1週間に2回つくった、具の詰まった春巻きラブ派としては、レシピよりも豆腐はもっとたくさんあった方がいい気がする)。

殺す。



殺す。祖母に対して不遜な態度を取っているのが耐えられない。はやく地獄に落ちてほしい。包丁をにぎるたびに刺す想像をする。

ニャンたち以外のすべての家族が出払ってはじめて家のなかでアルコールを摂取したい気分になる。ということでガルクラパイントグラスの初陣。エビスを2缶開け、チーズはんぺん、シャウエッセン、チーズ目玉焼き、切り落とし豚の青とんマヨソースandスパイス焼きをこしらえる。スパイスはクミン、パプリカパウダー、カイエンペパー。ぽん酢もかけちゃう。うまい。爆音で音楽をかけ、おどりながらクッキング&ドリンクする。ひとり暮らしの気楽さが思いだされる。そういえば当時はこうやって踊って料理をしながら酒を飲んでいたなと思いだす。人生のよろこびってこういうことだというきもちにさえなる。酒を飲んで電話をかけてくるHさんやQさんのきもちがよくわかる。

わたしは自分にひきこもりの才能(どれだけ外に出なくても心身に問題が生じない)があると思っているが、しかしカスが同居しているとそんな才が消し飛ぶくらいにほんとうにつらいのだと日々思いしらされている。祖母の歯軋り(寝ているときではなく、起きているときにすごい音を鳴らしている、なんど止めても数秒後には再開されるので、歯がくだけてしまわないか心配である)はかわいいものだが、カスのいびきは我慢ならない。そのまま呼吸が止まって安らかになりますように。

ふつうの軽音部88話のコメント欄、およびトンネルに描かれたグラフィティに対するコメントを読んでいて、げっそりする。「違法行為」に対する嫌悪・忌避をもって取り締まらんとするその風紀委員的態度が耐え難い。こうした奴隷根性が引き剥がされないかぎり、革命なんて起きやしないのだろうとくらいきもちになる。見かけたのが片方だけだったらそう思っただけで済ませたが、同日に、異なる場所で同じ現象を見かけたのできちんと書いて記録しておく。

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山本ゆりのハッシュド白菜、めちゃうまだった。あかりの春巻き同様、食材の組み合わせからの飛躍を感じるレシピである。計量を面倒くさがるタイプなので、おそらく片栗粉少なめ、チーズ多めの配合で焼いた気がするが、チーズの焦げがアクセントになってぐっどだった。

なんでソファに横たわってスマホいじってるだけなのにテレビの音量上げるんだろう? 死にますように。

上北ふたごプリキュアコミカライズがおわるとの報。ショックすぎる。

積雪。何もしないカス。殺す。わらいながら選考に落ちたことを語る虚勢を捨てて家事をやれゴミ。なんでこんな日がな一日ショート動画を見ているだけのカスのために飯をつくらなくてはいけないのだ? 『じゃあ、あんたが作ってみろよ』でも観たらちょっとは胸がすっきりするのかしら?




もろもろのワークにひと段落つき、同人誌・ブログ・むかほーの執筆および関連グラフィックの制作に時間が割かれている。

諭吉佳作/menのインタビュー記事をweb版のBRUTUSで読んでいる際、埋め込まれたSpotifyを再生しながら画面をスクロールしていると、曲が切り替わるたびに勝手に画面がロールバックし、さいあくのリーディング体験だった。ちゃんと設計してください。

すでに納品済み、かつ催しも終了しているのにこちらから促さないと精算の話をしてくれないクライアント、いったいなんなのか。ひとをなめくさるのもいい加減にしてほしい(しかも、連絡しても平気で1週間以上にわたって返事をよこさない! これが軽んじ以外の何であるのか!)。フリーランス新法ってほんとにわたしたちを守ってくれるんですか? 講座があったら受けたいくらい。

城島茂のことをジョウジマシゲルと発声する、合成音声によるTOKIOについての愚にもつかないカスみたいな動画に見入っているカス。

わたしがキッチンに立っているあいだもずっとソファに横たわっているだけなのに、その日の夕食が麺であるとしって「コメも食いたいんだけど」とほざきだすカス。自分で炊けやクソゴミダボハゼが。



デジモンビートブレイクがほんとうにいい。ほぼ毎話なみだしている。脚本の出来が異常である。とにかく毎回「いい話」なのだ。作画はもうちょっとがんばってほしいが、そうした瑕疵によって毀損されないだけの強固な物語がここには流れている。そこまで話題になっていないのが信じられない。このままストーリーがすすみ、絵コンテのクオリティも維持されるのであれば、オールタイムベストに入ってきてもおかしくない出来という気さえする。

マルタイ棒ラーメン、けんた食堂がつかっているのを見て気になっていて、いざはじめての実食。多加水麺で育ってきたわたしにとって、こういう麺をうまい!と感じられる回路はあまり整備されておらず、単純に粉っぽいと思った。分量通りだとスープも薄い。コチュジャンを足して食べた。

Superstitionのミード、めちゃくちゃ美味しかった。うまいはちみつがそのまま酒になったという趣。再飲したい。

家系ラーメンがもうだめな身体になっているかもしれない、と去年書いた。それから1年ほど経ち、久々に食したが、その思いは確信に変わった。わたしの身体は完全に家系ラーメンを美味しく食べられるものではなくなっている。まずいとは思わないが、美味しくないのである。ひと口かふた口でもういい、という感じ(まるでペーター・ハントケのような、、)。明確なる老い。2025.12.13、この日をわたしの人生における家系ラーメンさいごの日として記録する。


去年書いた記事、さらば、家系ラーメン……
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チャリにも乗った。ハンドルをにぎる手に冬の烈風が吹きつけ、数漕ぎもすればたちまち指先が赤みを帯びてジンジンと痛みだし、季節的にもう無理だと悟った。翌日からは尻の痛みにふるえた。

MOIW2025の無料配信部分を飛ばし飛ばし見る。アイマスシリーズにさして思い入れもなく、曲やキャラクターに関しても学マスしかよくしらないのに、満席の客席とステージに立ちならぶ新旧たくさんの演者たちから20周年のあつみを感じ、気づけばなみだがこぼれていた。思い入れしかない全プリキュア20thライブに行ったときでさえ、感動はしても泣かなかったのに(書いていて思ったが、円盤化されていないのかなしすぎるな……)! わたしの涙腺の箍はすっかり外れている。

月うごかされて星

楳図かずお『14歳』が無料公開されていたので読みはじめる。表情や台詞の反復を多用する画面構成・コマ割りが独特すぎて読みにくさを感じ、なかなかページがすすまない。ホラーとしてやっていると思うのだが、ギャグとしてしか読めないのである。そうやってとまどっているうちに公開期間は過ぎていき、冒頭の鶏人間のくだり、しかもその序盤を読んだだけでおわった。

職を辞めてからいまのいままでずーーーーっと遊び呆けてソファでグータラしてただけのカス、わたしが泊まりがけで家を離れる用事ができたので「その期間は家のことよろしく」と伝えると、「そのとき家にいたらね」とマジでカスとしか形容できない、ついったでよく見る「ゴミカス夫」(子供の送迎を任されているのにその約束を果たさない夫云々のついがさいきんよく流れてくる、そうしたついを見かけるたびに己のなかで怒りが増幅していくのがわかる、憎悪、扇情、憎悪、扇情⋯⋯)そのものの返答をかえしてきてほんとうに死んでほしいと思った。「そのときにはもう働いてるかもしれないし」などとぶつくさほざいていたが、出勤開始日なんていくらでも交渉できるだろうが。「もうそろそろ働かないと」? じゃあいままで何してたんだよ。麻生太郎すら降りてくる。即死してほしい。あまりに呆れて言葉を失い、会話を放棄してワークにもどった。この会話の直前、わたしはワークを中座して夕飯の準備をしていたが、このカスは日中は趣味のためにでかけ、帰ってきてからは寝そべってテレビでゆーちゅーぶを見ていただけである(しかも嫌韓ずんだもん、、こんな惨めなことってあるだろうか? 情けなくてふつうになみだがでてくる)。にどとコミュニケーションを取りたくない。

延納願を提出しつづけ、先延ばしをくりかえしていた奨学金の返済が、猶予期間の消滅によりいよいよ開始される、という通知が届く。

それなりの人数がけっこうな熱をもって絶賛していた演劇がついったで流れてきたので観る。はじめからおわりまで、何ひとつこころがうごくことなく観おわってしまい、自分の感性を疑う。



わたしがそばを茹でるためにキッチンに立っていると、カスがカップ麺をつくるからお湯を分けてというので、水が沸騰したタイミングでべつの小鍋にお湯を分割してやったところ、「(カップ麺の容器に)入れておいて言ったじゃん」と礼すら言わずに文句をぶつくさ垂れはじめ、危うく殺すところだった。蕎麦湯を入れたら味が濁るだろうし、そばの茹で時間のほうが3分よりも長いため先にお湯を注いだら麺がのびてしまうだろうと、わざわざ気を遣ってやった結果がこれである。さらには、食べおわった容器を配偶者に片付けさせている。この状況がこの先も続くのであればマジで刺す(刺してしまいそうでこわい、とかじゃなくて、マジで刺す)。

リアルサウンドのUXを設計したひと、イカれてんだろ、とページをひらくたびに思う。スキップできない時限式の広告をテキストベースのサイトに埋めこまないでくれ。

TV版を映画版にしたものをさらにまたTV版にして放映するという、入り組んだ放映スタイルをとっているまどマギをこの機に観るぞとTverで1話を観、おもろいなと思っていたらいつの間にか2話のアーカイブが消えていておわる。どこかで映画版を観て、newTV版にもどってくるルートを取ろうかと思案中(これを書いてからさらに数週間経っており、もうもどれないだろうというあきらめがある)。

にせんねんもんだいをひたすら聴いている。カッコいい。存在はしっていたし、聴いたこともあったが、こんなに自分好みの音楽をやっているとしらなかった。人力でミニマルミュージックをやるアティテュードもいい。いつかライヴを観てみたい。「デスティネイション トーキョー」のベースライン、w.h. lungの「inspiration!」に影響を与えているのでは?と思った。1曲35分超にわたる「FAN」の爆撃音みたいなタムがサイコーで、同様のワードで検索した結果アートブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの『Free for All』というアルバムがひっかかり、再生してみるもぜんぜん爆発してなくてがっかりした(たしかに手数はすごいのだが、ミキシングが上品すぎる!)。思いかえしてみると、ゴーゴーペンギンとか、バッドバッドノットグッドとか、ナラ・シネフロとか、現代ジャズ(?)を聴きはしても、往時の「ジャズ」に心を打たれたことがないのだった。何か名盤があれば教えてください。

にせんねんもんだいにはソニック・ユースをディグしている流れで漂着した。ティーンの頃に通っていなかったバンドで、20代の頃にもあまりピンと来ておらず、いまになってハマっている。アルバムがたくさんあり、それぞれちがった様相をしているのもいい。本まで買おうか迷っている。モモさんが言ってる通り、キム・ゴードンの自伝の増補版、日本でも出してくれないか?




カス、働いているかもとかほざいておいてけっきょくなにもしておらず、マジでイライラする。ワーク中に同室でアニメやゆーちゅーぶを観ているのがめちゃくちゃイライラする。食後にきったねえげっぷをし、チュッチュ音を鳴らしているのがほんとうに不愉快。テレビの画面を見ながら手もとでパキパキと耳障りな音を鳴らしてるのもマジで狂ってる。そして斯様に日中はさんざんだらだらしておいて、祖母がデイサービスから帰ってくる/夕飯の準備をする時間帯になると家をでていくのだ。こうやって文字にすることでどうにかこうにか殺意を抑えているが、気分はもう滅多刺しである。たとえカスが生きたまま熊に食われて野垂れ死んだとしても、いっさいかなしいきもちにならないのだろうなと思うと、そこではじめてかなしさをおぼえる。

ソファで寝るのやめてほしい。部屋で寝ろよ。死んでほしい。殺す。

もう何年も会っていないが当時はかなり仲のよかった、なんなら盟友と呼んでも差し支えのない友人が排外主義思想にかぶれはじめているのを見、ショックを受ける。しかも彼は海外をなんども放浪してきたバックパッカーであるというのに。直接会えるのであれば話を聞くこともできるだろうが、インターネット越しに何か言葉をかけるにはいささかセンシティブすぎる。どうしたらいい? なんでそうなってしまう?

殺す。

バズにバズをかさねている長谷川あかりの酒蒸しハンバーグ、牛乳を豆乳に、プチトマトをトマトピューレに変更してつくったが美味だった。ただ、プチトマトの方がうまいと思う。味が均一であるよりも、波があった方が美味である、というビリヤニ理論(そんな理論があるのかはしりませんが、、)。きざみベーコンがいいしごとをしている。肉だねにべつの肉を混ぜる発想に感動する。豆腐と塩昆布の春巻きも気になりすぎている。

長峯達也の訃報に触れ、愕然とする。ほんとうにかなしい。マイフェイバリットアニメのひとつ、ハートキャッチプリキュア!シリーズディレクターである。またプリキュアのSDをやってほしかった。夜が明けてもなみだがでつづけるのでハトキャのサントラを流しながらワークをしていた。



起床、寝床にもぐったままついったをながめていると、アドビが起動できない、というようなついがもりもりタイムラインにあらわれ、おい今日入稿日だぞ!と肝を冷やしながらしごと場へ。ソフトを起動しっぱなしだったのでことなきを得る(わたしはPCシャットダウンしない派、じっさいのところ、都度起動とどっちがPCの健康にいいんでしょうか?)。が、不具合が夜になっても修正されていないらしく、今後が不安(気づいたら修正されていた、のはいいのだが、アナウンスが個別のユーザに対しておこなわれないアドビの運営体制に不信感と懸念を抱く、あまりに客を舐めすぎ)。

圧倒的寝坊をかまし、家をでる10分前に起きる。今日は下北沢を経由して前橋へ向かう日である。出発前にシャワーを浴びてあたまにバリカンを走らせるつもりだったが、どう考えてもそんな余裕はないので顔を洗い、タオルで身体を拭き、荷物をひっつかんで駅までダッシュする。ぶじ間に合う。登校する高校生がたくさんいる! 前にも書いた気がするが、近所にこんなにも10代の若者たちがいることにおどろく。バスに乗り継ぎ、車窓に今シーズン初の雪景色をのぞみながら都へ。

渋滞でもあったのか、池袋へは10分ほど遅れて到着。まずはサンシャインシティポケセンへ。あったらぜったいにお迎えするぞ!と意気込んでいた肩のせネイティのすがたはなく、いたらゲットしようと思っていた(ぬいは個体差があるので、できれば通販で買いたくないのである)シビルドンペンドラーアマージョも見当たらなかったのでサンライズワールドへ。外国人でいっぱいのポケセンとはちがって、スカスカである。ひととおり店内をめぐっていると、通販ではとうのむかしに売り切れになっていたガウ・ハ・レッシィTシャツが棚に鎮座しており、すかさず入手。思わず顔がほころぶ。発売時に買い損ね、いつか在庫がふっかつしやしないだろうかとたびたび販売ページにアクセスするほどに、ずっと悔やんでいたのである。店をでてすぐのクレーンゲームの筐体のなかにはプリキュアも発見し、4プレイで救出する(キュアフェリーチェ)。のち、あみあみでガルクラ×hubコラボのパイントグラスを買う。家でなんて年に数回しか飲まないのに買ってどうするんだ!というおれもいたが、かつてはまいにち飲んでいた時代だってあったのだから、そしてパイントグラスでビールを飲むのっていいなと思ってしまったのだから、しかたがないのである。それにしても、グッズの攻勢がすごい。無数の企業とのコラボが続々展開され、永遠に供給がつづいている。

ほんとうはカレー屋でビリヤニを食べてから向かいたかったのだが、時間的余裕がなく、空腹のまま山手線→小田急を乗り継いで下北沢へ。凪跡地にいつの間にかできていたちゃん系ラーメンはお休み。めちゃうまカレーをだす店ことカルパシは混雑しているだろうと松屋で簡単に済ませ、小劇場 楽園へ。阿佐ヶ谷スパイダース『さらば黄昏』。感想はむかほーの方で書こうかなと思っている。Nさん、Kさんに挨拶を済ませ、デザインした本を献本していただき、その足でそのまま前橋へ。長い乗車時間は読書に充てるつもりだったが、けっきょく一頁も読まなかった気がする。



ヒツクリコガツクリコ展以来、8年ぶりの前橋。駅では前橋ウィッチーズのウェルカム広告(?)に迎えられながら、まずホテルにチェックイン。荷物を置いて街へくりだす。商店街のアーケードに掲げられた前橋ウィッチーズのドデカフラッグもパシャり、アニメの聖地感を感じながら内陸なのに海鮮がうまいとの評判を目にしたみやたやへ。壁いちめんに吊るされた短冊に圧倒されるが、店主のおすすめに従い、はがつお刺し定食。かつおと付くが、かつおではないそうである。身にすこし水っぽさはあるものの、脂のりがすさまじく(店主曰く「全身中トロ」)、ベリうまし。あら汁も魚介さくれつというかんじで、余すことなく堪能した。厚焼き卵の入った小鉢と漬け物のほか、なぞにピルクルも1本付いていた。食後にガブし、甘い口で店をでた。



旅先なので酒も飲むぞ!と下調べしていた醸造所兼クラフトビール屋の、ルルルなビールへ。ビール3杯、クラフトジン1杯(こちらも前橋謹製、キューリの風味が冴えていた)。入店時、わたし以外は複数名で来ている客しかおらず、1杯飲みおえるまでスマホとにらめっこで過ごすことになったので、これは河岸を変える感じかなと思っていたのだが、気づけば閉店時間が過ぎても談笑しつづけるほど店主のYさんと仲良くなっており、果てには明日ランチをともにすることに。旅の醍醐味だ〜とうれしく酔った脳みそを撹拌しながらホテルまでもどり(駅から遠いのである)、シャワーを浴び、就寝。暖房も入れていないのに暖かく、自分の部屋の極寒ぶりを思いしりながら入眠した。


少ない文量だが、前回の前橋滞在時の記録があった、2015年の小泉明郎展から数えて、今回が三度目の前橋、このように複数回にわたって足を運んだ土地はほかにない気がする(ほんとうか?)、好きな街である
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めでたさの外側

ついったでバズっていた茹で秋刀魚、身がふわふわでたしかに美味だった(初の秋刀魚はさすがに焼いた、むろん、うまかった)。砂糖+醤油+ぽん酢(味ぽんではない)+大根おろし+一味のソースも○。大葉もあればさらによかった。

硝子戸を勢いよく閉めたような鋭い音で目覚め、なんぞやと身を起こすと高所に飾ってあったフォトフレームが床に落下しており、周囲にはガラスの破片がちらばっている。ニャンの移動のはずみでこうなったのであろう、腕を左右に振ってニャンを部屋から追い払いつつ後片付けをはじめるが、どうも想像以上にくだけちっているようで、なおかつ寝起きであたまがまわっておらず、足の裏をずばと切り裂きそうになる。掃除機で吸ってどうにかする。

ポケモン、しばらく起動していなかったが、色違いミラコラ配布の報にはさすがに重たいからだを起こし、近場(といっても軽く5kmくらいはある)のゲーム屋へチャリを走らせる。秋めいてきたとはいえ、汗をかく。午後になっての到着であったが、都心部とはちがって依然配布終了にはなってはおらず、ぶじにシリアルコードを入手。ついでに受け取っていなかった4災もあわせてゲットし、ボックスには色違いが5匹も増える。

夕飯の準備ができるまではソファに寝ころんでガゴガゴいびきをかいており、配膳のおわった食事を前にしていただきますもごちそうさまも言わず、食後、煙草とトイレのために部屋を去り、わざわざ皿洗いがおわるタイミングで居間にもどってき(水音が止むまでじっと便座に居座ってスマホをいじっている)、恩着せがましく(そう、自分がありがとうと言っていることに対してこういう態度で臨むのである)「ありがとう」と配偶者に向かってのたまうカス、一刻もはやく死んでほしい。ついでに言っておくが、料理をつくり、皿の半分を洗ったのはおれだぞ、ゴミ。何か言ってみたらどうだ、ダボハゼが。とにかく罵倒しか湧いてこない。げんじつではいっさいのコミュニケーションを取りたくない。だれか助けてくれ。

校正済みの原稿を断りの連絡もなしに全差し替えするひと、パワハラにんげんの資質がありそう(この赤字は血涙の赤)。

あるワークの〆切日の朝、わざわざわたしと同じ部屋でスマホを見てわらいながら構ってほしそうにひとりごとをつぶやいているカス、死んでくれ〜〜〜〜〜〜〜〜。せめて求人情報を見ろや。なんで何時間もずっとショート動画見てるねん。なんでしごとをしているわたしがイヤホンをして、おまえが大音量でテレビを見てるねん。食ったらすぐ皿洗え、飲んだら缶捨てろ、ペットボトル捨てろ、自身をゴミ処理場に投下せよ。

モスチキンを食してから半日が経っても胃がもたれている。脂が好きなのに、あぶらものを食べるともうだめな身体になっている。



HDDクラッシュを契機に、血便が1ヶ月続いていたため病院へ。受付のひとに対してずっと、謎の親しさを込めた上から目線のタメ口で話しつづけている3-40代のおっさんの声音にいらいらする。1時間ほどロビーでワークの資料を読んだのち、名前が呼ばれ、尻穴に指を突っこまれる。人生にどめだが、このなさけなさといったらない。BLに興奮するひとのきもちが、肉体的ではなく、精神的にわかる。強固なにんげんの、よわさのこぼれるところ。感動したのは、たかだか数秒尻に指を突っこんだだけでわたしがいかように排便をしているかを担当医師がずばり言い当てたことで、これがゴッドハンドかと肛門に指の名残りを感じながら唸ったのだった。尻の裂傷を治すための2種の薬を処方され、経過観察となる。(内臓が原因じゃなさそうなら)ビールでも買って帰るかと思ったが、お目当ての店のオープンまでまだ数時間あり、次回通院時はタイミングを合わせようと思った。

ブログを更新していない時期、なぜだか日々継続して一定のアクセスがあったのだが、新しい記事をあっぷした途端にそれがパタリとなくなり、どういうことだよとなる。ボットが死んだサイトとして巡回していたのか。


die spitzがいい。名前もいい。来日の際にはスピッツと対バンしてほしい。
youtu.be


「冷蔵庫にしまってあるから(食べて〜)+ぜんぶ食べずに取っといて〜」と言われた刺身、わたしが手を付ける前にすべて平らげられており、どういう論理構造をしているんだろうと思った。




カスに腹が立ったときにだけブログの編集ページをひらいてしまうこの習慣、ひじょうによくない。助けてほしい。ほんとうに助けてほしい。

ときどき服用をサボりながら生活を送っているが、それでもきちんと薬効があらわれ、まいにちつづいていた出血がほぼ止まる。少なくとも便器が赤々と血まみれになったのは、薬を飲みはじめてからはたったのいちどだけ。親が泊まりがけの旅行にでたのもあり、〆切かぶりを不安に思っているワークのすすみもよかったので、調子づいてひと月ぶりぐらいに酒を飲む。エビスひと缶。アテは、夜ごはんのあまりのニラ茄子そぼろに切れてるチーズ。筋トレの習慣がついてから、すっかりカロリーがこわくなった。減量は順調である。

もう何年も会っていない大学時代の友人がミソジニー全開のついをしていて、思わずミュートしてしまった。ふつうにきびしいきもちになる。同時に、自分がイデオロギー的観点でフォローを外されたときも、外したほうは苦虫をつぶしたような顔になっていたのだろうか、と想像がめぐった。

またべつの友人はいわゆるネトウヨ論客みたいなひとをたくさんフォローしていて、それもふくざつなきもちになる。だれをフォローしようがもちろん自由だし、その本人が差別的な言説をしているのを目にしたり耳にしたりしたこともないのだが、何でよりによってそのひとを!というセレクトで、気が滅入る。ひどい言説をするにんげんのプロフィールの、「〇〇さんにフォローされています」欄に友人の名前を見つけてしまった際のかなしさ。

ミソジニーに陥るのはまだわかる(ここでわからない、と言ってしまえるひとのほうがわたしは怖い、以前フェミサイドを起こしたにんげんに対して同様の言葉を吐いていたコメンテータを見かけた記憶があるが、そうした「わたし(たち)」を正常に置いて、「あいつ(ら)」を不正なものとして断罪する切り分けはクソだと思う)。非モテの人生を送りつづけた男性は、自然とそうなってしまうような社会構造がいまの世のなかにはあると思っている。自分も一歩まちがえればそうなっていたかもしれないという共感もある。

一方、後者の友人はカルチャーに造詣が深いタイプのおしゃれな女性であり、なぜそんなひとがそちらへと足を踏み入れてしまうのかふしぎである。あなたの好きなカルチャーが、異国なしに成り立つわけがないのに!



マジでカスに腹が立ち続けている。いつまで家にいるんだよ、、、、ワーク中に横でまったく興味のないくだらねえゆーちゅーぶを難聴音量で流されるストレス、会社員時代に受けていたストレスと余裕でためはれる。というか、超えている(ここまで殺意がふくれあがることは当時なかったはずである)。自分の意思とは関係のないところで流れる、聴き慣れたフリー音源のいちいちに青筋が立つ。〆切前、必死にワークに打ち込みながら、祖母の介助をしているわたしが、そのすぐそばでソファに寝ころんでゆーちゅーぶをぼーっとながめているにんげんの飯をなぜ作らなくてはいけないのか。

健康診断へ出向く。2年連続で尿潜血の診断が下る。こわい。ごくたまに会陰部に激痛が走る事象が数年〜10数年前ぐらいから生じており、石でもあるのかなあ、でも結石だったらもっと痛いのではないんかなあ?と放置してきたが、それと何か関係があるのだろうか(血便もそうであったが、わたしはマジで病院に行かない)? このようにして健康に不安を抱くようになることを通して、自身が着実に年老いつつあるのをひしと感じる。

土日にレスをかえさないのに平然と土日に〆切を設定してくるクライアント、意味がわからない。フリーランスのことをいったいなんだと思っているんだ。おれたちゃ奴隷じゃないんだぞ。土曜に連絡をよこして月曜午前に催促してくるひとのことが思いだされる(スケジュールが切羽詰まっているならこちらも対応するが、何でもない時期の話である)。何回思いだしても、なんどでも新鮮に怒りなおせる。

さいきんのこのキレのあからさまな増加、制作にとってはいい傾向かもしれないが、健康にとっては害な気がしている。

というか、キレるぐらいしか感情がうごかされていないのかもしれない。つくった料理の記録もやめてしまったし、観たり読んだりしたものの感想は再開したむかほーのほうに流しこもうとしているので、この場は怒りの記録帳と化していくのかもしれない(嫌すぎる


むかほーはここから読める



moreruの新譜がめちゃくちゃいい。叙情がある。それに尽きる。

こういうものに触れるとメキメキしたものをつくりたくなる。いまのおれの怒りを注ぎこめる器をつくる必要がある。

ワークが佳境を迎えていて、ここのところ炊飯をサボっている(おかずはつくっている、しかも複数! えらすぎる!)が、米を炊けと言わないかぎりソファからまったくうごかないカスが、たかだかそのたったひとつの家事をやる際にため息をつきながらやっているのに心底反吐がでる。キモすぎる。こういうにんげんをのさばらせていていいはずがない。高市政権は若年層からの支持率が高いというニュース記事をせんじつ目にしたが、本邦における家父長制の打倒まではまだまだ時間がかかりそうである。

というか、そもそも家父長制に違和感をもたず容認・適応できるにんげんのほうが「健全な家族関係」をつくるのには容易いはずで、その図式の上で再生産がつづいていくかぎり、制度は永遠に維持されたままなのではないか。

スマホの充電ケーブルが断線し、ここひと月ほどは結節部分を折り曲げて使用するというクソみたいな応急処置で使用していた(危ないのでやめましょう)のだが、新たな断線が起こっていよいよ通電しなくなり、新しいものを注文する。発注してからたった4時間後に発送通知がとどき、ヨドバシ最強!の思いをつよくする。

併殺

他人の流しているショート動画の音声ってなんでこんなにイライラを発生させるのだろう(これが書かれてから半年後の追記、親がテレビでショート動画を見ているのを見るとなんとも言えないきもちになるみたいなついがバズっていたが、どこの家庭もそんなもんなんだろうか、わたしはもう育ちきっているから関係ないが、そんな親を見て育つ子供たちがかわいそう、このかわいそうのきもちってなに? 何に依拠してるの?)。

数日間料理および日々の記録をつけていなかった。東京滞在でエネルギーがはじけた。

ゴジュウジャー4話。パリピバトルという謎のNo.1バトル、ノリと勢いで進行するその歩みかた、おもしろい。ドンブラ以来に完走できそう(これが書かれてから半年後の追記、忙しさにかまけて数週分の遅れをとっており、頓挫の危機にある)

ガヴ26話。ラキアが好きなので、コウジくんと友愛を芽生えさせているのにほほえましいきもちになる。救われてほしい!

キミプリ6話。こころ回。こころにフィーチャーしたアバンの描きかたからどことなく主人公感を感じ、第1話の導入としても通用するようなコンテだなと思った。アイドルプリキュアに憧れて自作グッズを作り、布教に努めるドルオタというキャラ造形も相まって、本作を観るひと=「キミ」との同一化がねらわれているようにも思う。マックランダー出現時、まだプリキュアだとしらないこころの前で変身をためらううたとななのやりとりのスピード感がやけにふざけていてよかった(間髪おかずに発される「ここで変身するわけにはいかないよ!」「そうも言ってられないよ」「うん」)。絵コンテ・演出は、安心と信頼の土田豊。真面目な顔をして先輩のポーズを直すこころがおかしかった。

キミプリ7話。キュアキュンキュン初登場回。いつもとはちがう、深刻めいたカットワークが続くシリアスなアバンで幕開け。人体パーツの部分映し/隠しが効いている。わたしはプリキュアになれないという落胆に加え、こころの亡父エピソードも含ませ、さらに涙と汗という落下する運動が画面をさらに重いものに仕立てていく。その縦の運動と対比するかたちで、プリキュアチーム内の分断と歩み寄り、踏み出しという横の運動が展開される、ダンスの練習場所(ダンスの練習は窓≒鏡に向かっておこなわれている、自分自身と向きあうこと!)。プリキュアではおなじみの闇と光のコントラストも効果的で、すばらしいコンテワークだった。マックランダー登場時の瞳ハイライトなしモブ&こころも、前話をまたいでの「キュアキュンキュン、初変身!」のためのバネになっており、これまでの放映回のなかでも特筆すべき回だった。絵コンテ・演出は上田華子。それにしてもキュアキュンキュンのキャラデザ、かわいすぎる!

ガヴ27話。スガライダー登場回。明鏡止水状態になる幸果さんにウケる。スガさんがライダーになる展開がたのしく、彼がカラキダの師匠の死のきっかけをつくっていたことも明らかになり、とことん悪どい話運びだね!とテンションがアガる。

ゴジュウジャー5話。黒回。バトルテーマがでてくるたびに思うが、お節介No.1って何、となる。

夜、キムチとそせじの豆乳スープ、豆腐と練り物の煮付け。再加熱時に卵も足す。うまい。

近辺のゲーセンをめぐる。今年の初ライドでもある。総走行距離は40km弱。大して走らないだろとドリンクをもたずにでたが、気づいたらそれなりの距離になっていた。とにかく雪がとけてうれしい。お目当てだった学マスちびぐるみはすでに跡形もなく、みしった店にはプリキュアのプライズがひとつもなかったので、グーグルマップに表示されたしらない店まで足をのばしてみる。こんなところにもゲーセンがあるんだなという発見。しかも店に入ったすぐのところにプリキュアのぬいがある! 500円を2度つぎこむ強気プレイで臨んだのだが、キミプリのぬいはその場でなんども裏返るだけで一向に獲得できず。代わりにニコ様のでかいぬいを5-600円でゲットできたのでよしとする。

祖母の通院のために付き添う。足が弱りきっており、車の乗降がたいへんなのである。母とふたりがかりで車から車椅子へ、車椅子から車へと人体を移動させる。診察のあいだはひたすら読書。二度の通院を経て、中沢新一『はじまりのレーニン』を読み切り、佐藤泰志『もうひとつの朝』を読みはじめる。

夜、焼き鮭、キムチともやしとチーズのナムル、大根とわかめの味噌汁。うまい。

ゆーちゅーぶでターンエーがリアルタイム配信されていたのでひらくと、ちょうどアニスパワー回で泣く。台詞も、それが発される場もあまりによすぎる(「宇宙人」に土地を奪われる怒りを、そこにいないものとして敵の女王であるディアナにぶつけるアニスと、身分を隠してそれをすぐそばで聞いているディアナ!)。感想を読みかえすと初見の際はソシエにフォーカスして観ていたようで、かつての自分の眼のありようをなるほどなと噛みしめる。

全修。10-最終12話。おもしろかった。アタリと言っていい出来だった。毎話たのしく鑑賞できた。10話は民衆の反ナツコ回。ナツコがすべての元凶だと人々が武器を持って立ち上がり、さらには書き損じヴォイドたちが街に襲来し、ナツコとユニオがヴォイドに食われてENDという急転直下のピンチ回。続く11話ではヴォイド内世界(?)を舞台に、『初恋 ファーストラブ』の爆死という未遂のトラウマによってナツコが自身の似姿たちに詰められてゆく。ネガティヴに沈んでいく彼女が、ユニオの呼びかけをきっかけに、『滅びゆく物語』が自身を救ってきたことに気づき、今度はわたしがルークを救う番だと再起する展開がいい。アニメ-絵がわたしを救い、わたしがアニメ-絵を救う、救済のサイクル! 最終12話ではじっさいにルークを描くことで超空洞ヴォイドとの決戦に臨むわけだが、とどめは上裸ルークで決めるところがオタク女子的でよかった。鶴山監督の、本作をバッドエンドにするという欲望への反撃としても機能しているのがいい。戦闘中、メルルンフレンズによって復活したQJが「ナツコ死ぬな〜」と叫んでいる場面があり、数回前の「(絵は)上がりますか?」も相まって、ナツコとの信頼関係云々よりもスタジオコンコンの社長とのダブりが期されていたような気がした。

夜、鶏と玉ねぎのミルクジンジャースープ、キャベツと豆腐のサラダ、豚バラ椎茸炒め。うまい。

このところまいにちついったのDMにスパムが来る。正確には、スパムメッセージが来たことを通知するメールが届く。

夜、じゃがいもとにんじんとチーズのオムレツ・オイスターオーロラソース添え、サラダとスープのあまり。うまい。

昨秋、はじめて弾いた際には「スライドはじまりのスラップってどうやったら弾けるんだよ!!」と嘆き叫んでいた「DELICIOUS HAPPY DAYS♪」のイントロ、ひさびさにやってみると意外となんとかなり、やたらたのしい。以前はもたついていたその後にでてくるフレーズも、リズムはまだすこしあやしいがスピードはなんのそのである。春のうちにフルでマスターしたい。

コピーと言えばさいきんは初星学園の「Campus mode!!」もやっている。aメロ前の運指が追いつかない。あたまからおしりまで、弾けたらたのしいだろうなといううごきまくるベースラインなので、年単位でじっくりやっていく。

夜、こんにゃくと豆腐とちくわとあぶらげの煮物、焼き鳥(できあい)。うまい。

腸閉塞のため入院し、しばらく歩行が困難だった祖母が手引きで歩けるようになり、感動する。腰の骨が折れているというのに、すごいものだ(これが書かれてから半年後の追記、いまは歩くどころか立つのもきびしくなっている、筋力の衰えが著しい、元気ではある)

起床し、窓の外を見やると雪が降っている。もう4月が目前だというのに。

夜、豆腐とわかめの味噌汁、ポテサラ、チキンソテー。ポテサラは茹でたじゃがいもと、にんにくで炒めたベーコン、椎茸を塩・砂糖・メイプルシロップ・マヨ・味噌・ぽん酢・味の素・ブラックペパー、牛乳で和える。からし入りもつくる。どちらもうまい。うますぎる。ポテサラが好きすぎる!

五輪に引き続き万博にプリキュアが動員されていてつらすぎる。グローバリズムに反旗を翻していた気骨はどこにいったんだと言いたくなるが、個々の作家の思想で会社の論理は容易にくつがえせない。会社員時代、靖国神社に参拝させられた苦々しい過去がよみがえってくる。

夜、芋カレー。新玉、じゃがいも、豚バラブロック。にんにく、しょうが、赤缶など。うまい。

2日連続で足の小指を車椅子に直撃させ、流血。激痛が走る。

夜、湯豆腐スープ、しめじと玉ねぎと豚の炒め物。うまい。

スパロボYが発表になり、過去作のセールもはじまったので30を買ってプレイしはじめる。スパロボを買うのはZ以来なのでなんと17年ぶり(携帯機のを友人に借りてプレイしたことはある、たしかJとW?)! 参戦作品のうち、話にほとんど絡んでこないZガンダム逆シャアをのぞけば、エルガイムくらいしか観たことがないので未知をたのしんでいる。ジェイデッカーレイアース(BGM、めちゃくちゃ聴きなじみがあるのだがいったいどこでしったのだろう)のキャラが90年代のキャラデザ全開でかわいい。しらべたらどちらも石田敦子がキャラデザを担当していた。キャラやロボットはともかく、マジェプリのBGMがいい感じだったのでゆーちゅーぶでOPを流してみると曲も詞もジェネリック石川智晶な感じで、そのまま見ていたらちゃんと「作詞・作曲:石川智晶」とクレジットがでてきてわらった。

イヤホンが片耳断線する。すでに終売した型番。やわらかいつけ心地が気に入っていたのでかなしすぎる! 装着したまま横になっても痛みが生じないやつでおすすめを教えてくれ!

夜、豚そぼろ玉ねぎ椎茸の炒めもの、しば漬けポテサラ。うまい。

夜、レタスと卵のスープ、ひき肉とあぶらげとキャベツの味噌みりん炒め、ポテサラのあまり。うまい。

夜、舞茸ごはん、舞茸とキムチのスープ、厚揚げとピーマンとひき肉の炒めもの。うまい。

夜、あぶらげとわかめの味噌汁、肉じゃが。うまい。

このブログは基本的に日時指定で投稿しているのだけれども、書く時間が取れないまま日付をずらしそびれていて下書きが一挙に3記事も公開されていて恥ずかしかった。見たひとは見なかったことにしてください。

ひとのリプ欄でファクトチェックしているひと、みんなブロックしている。

遠方からやってきたT、A、T+地元のKと飲み会。AとTとはひょっとすると10年以上ぶり? 懐旧。

さいきん何も書けていない。ワークの山を越えたが、すぐにべつの山に踏み入っている。

イヤホンを買い替える。クラシックプロのcpe4000。いままでつかっていたazla ase-500 asmrよりも音の分離がかなりいい。そもそもモニター用イヤホンらしいので、耳コピするのにも向いていそう。

いきりたったニャンの爪が右乳首をピンポイントに貫通し流血。傷口が衣服に触れつづけてめちゃくちゃ痛い。なんならTシャツをめくって空気に晒しているだけで痛い。

びっくりするほどよかった。
anond.hatelabo.jp



妹が仕事帰りにサーティワンでアイスを買い込んでくる。商品ラインナップの印刷されたリーフレットを示すと同時に、わたしに買った(なんてよくできた妹なんだ!)フレーバーはどれか、という問いかけをしてきたので、ドラえもんひみつ道具をだすような声の調子で「ポッピングシャワ〜」と言うと、まさにそれで、見通されている!とわらいあった。夜中に食べ、舌の上で弾けるぱちぱちをたのしんだ。翌朝の便は鮮やかな緑色に染まっていた。

以前、井桁弘恵が「死ぬこと以外かすり傷」を座右の銘にしていると語る記事を目にしてショックを受けた話を書いた。

▼これである
seimeikatsudou.hatenablog.com


(ちなみにビル(マンティではなくマンシィ)の元発言が書かれた記事は以下)
www.nytimes.com


いまたのしみに追っている『前橋ウィッチーズ』のキャストのひとりが座右の銘として同じ言葉を挙げており、ふたたびショックを受けた。このような言説にいかにして対抗するか、ビフォことフランコ・ベラルディが『蜂起——詩と金融における』で以下のように書いていた。と、文言を引っ張ってくる予定だったが、これを書いてから数ヶ月経っても一向に本が読みすすまれなかったので、その計画は頓挫した。

sudan archiveがめちゃいい。

すしおが排外主義の参院選立候補者を支持していてけっこうショックを受ける。

スマホからデカい音で音楽を鳴らすと、端末の隙間からちいさな埃が勢いよく噴きでてきて、それが西陽に透けて綺麗だった。

DEADLETTER『Hystrical Strength』、めちゃくちゃいい。サックス入りのダンサブルなポストパンク。リリース当時聴いていたら年間ベストに挙げていただろう。bingeをさっそくコピーする。反復の快楽。

Just Mustard『WE WERE JUST HERE』もいい。

いとことのセッションは相変わらず続いていて、オリジナル曲(といってもギターとベースが合わさっただけだが)が完成し、音楽のモチベーションが高い。

過日、数年ぶりにバンドメンバーで集まり、スタジオに入ろう、新曲を作ろうという話にもなった。友人であるQさんの曲をリミックス、もといサンプリングする計画もある。

父親が仕事を辞め、平日日中から家にのさばるようになった。ワーク中、くだらないYouTubeのショート動画or日本すごいorファスト映画の難聴バカデカ音声か、小汚い家畜のようないびきがずっと鳴り響いている。死んでほしい。殺意が抑えられなくてどうしようもない。退職以前から許容値はすでに限界を超えている。同じ空間にいるだけでストレスがどうしようもない。一挙手一投足にイライラする。死と殺の二文字しか浮かばない。

カスのエピソード。退職日、汚れた制服を、これからやってくる訪問ヘルパーが仕事場として使う洗面台の前にぶん投げ(制服どころか、着た服を自身で洗ったことなどたったの一度もない!)、平気でいびきをかいていられるその神経。洗濯をアウトソーシングされているにんげんがそれを問いただすと、「(もう二度と着ることがないであろうから)捨てていいよ」と返答する脳の構造! しかもこの制服は自身で買ったものではなく、就職の際に先の詰問者が買ったものなのである! この話を愚痴としてきいたわたしは思わずわらってしまった。なんでこんなにんげんと結婚したんだろう? インターネットを見ているとよく浮かぶ文句が、自身の両親に対しても向けられる。




HDDが壊れた。学生時代から現在に至るまで、書き、撮り、弾き、あるいは描き、スキャンし、ダウンロードし、つまりは制作・収集してきたものすべてが一瞬で消失した。あまりのショックでとんでもない胃痛が起こり、ものが食べられず、2日で3kg痩せた。げっそりした顔をディスプレイの前に固定しながら、納品前のデザインデータを死に物狂いで再現する日々がはじまった。

ニャンが深夜に自室のドアをかりかりとひっかき、声も上げずに「ここをあけろ」と訴えるけなげさに感動する。ドアをひらくと足元に1匹、離れたところにもう1匹おり、手近な方はしばらくの逡巡ののち、とてとてと入りこんできた。離れた方はわたしが抱えてしまいこむ。ベッドの上でたがいの毛を親しげに舐めあったあとは、それぞれ所定の寝床へとジャンプしていく。ちいさい頃は同じ場所で寝ることも多かったが、身体が大きくなったのと、夏場で暑いのもあり、いまは異なる場所で眠ることが多くなった。

データのかそけさにあたまを抱えた反動か、ベッドのそばに積んであるタワーから本を一冊抜き取り、シュリンクを破った。成相肇『芸術のわるさ』。書きぶりにリズムがあり、読んでいてたのしい。現代アートへの関心はだいぶ薄れてしまっているが、本書の「コピー、パロディ、キッチュ、悪」という4つの着眼点がいいのですいすい読める。ファウンドフォトの話がでてくるかはしらないが、自身の制作手法ともちかしい区分けであるので、とりわけ前ふたつの章に関心がある。

フェイ・バウンド・アルバーティ『私たちはいつから「孤独」になったのか』も読む。1章の途中までと、あとがき、第5章ぜんぶ。5章を先読みしたのは、SNSが主題となっていたからで、それは次号の的の原稿(すでに完成しているが、そして壊れたHDDの中にしかそれは存在しないが)の役に立つのではという目論見があったがゆえの行為だったが、つかえそうな行はひとつもなかった。「インスタ憂うつグラム?」というキャッチーな章題の割には、本文中に登場するSNSの固有名詞はフェイスブックフリッカーのみで、当のインスタはいっさいでてこないのがウケた。

あとがきで触れられていた漢語「孤独」の語源の話もおもしろかった。『漢書』「循吏伝」(黄覇伝)にある鰥寡かんか孤独という語から来ており、そもそもは「孤」がみなしごの意で、「独」が子のない老人のことであるという(鰥は妻を失った夫、寡は夫を失った妻を指す)。家族の有無が定義の核にあったわけだ。こと現代においては、そこから距離をとった位置にこの語の居場所が移動しているように思うし、本書でもそういう話がなされているわけだが、通読するのはしばらく先になりそうである。

依頼していた会社から、HDDは復旧可能である、との連絡。修繕費は約10万円。泣ける値段だ。だが、そこには「わたしの10数年分の結晶-今後の制作の土台」が詰まっているわけで、支払わないという選択肢はないのだった。

千葉ミドリ『緑の予感たち』1巻も読んでいた。めちゃくちゃよかった。一つひとつのコマ自体がすばらしく、つまりは、それぞれのコマにドラマがある。情感が乗っている。瞬間の切り取り-フレーミングだけではなく、コマとコマ同士の接続-モンタージュもいい。たとえば、冒頭におさめられた「カッパの理髪店」における、大宮駅前を舞台にした生身の男女によるチェイスシーン。擬音・フキダシ・人物・ペデストリアンデッキの描線が、見開きのなかで渾然一体となってエモーションを加速させ、頁をめくる推進力にもなっている。

ここ数ヶ月、スクワットの習慣ができている。1日30回くらいからはじめ、現在は120回(ノーマル30+30+40に、バンザイorワイドを日替わりで20回、腹筋に力を入れたままのバンザイスクワット、マジできつすぎて最初は1回もできなかった)。HDDショックを受け入れて、ものが食べられるようになっても体重は元に戻ることなくゆるやかな減少をつづけており、年末までにあと3kg落とすぞと意気込んでいる。

スパロボVをはじめる。30をいつクリアしたのか忘れたが、そのプレイ中に買い、数ヶ月積んでからのスタート。30はシナリオの選択にある程度自由があるために縦軸性が薄く、ストーリーにあまり乗り切れなかったのだが、Vはきちんと一本の筋が通っていてすすめるのがたのしい(わたしのしっているスパロボ、という感じ。30とちがって参戦作品はだいたいみしった作品で、とりわけはじめてリアタイしたガンダムである00勢がつかえるのがうれしい。

アン・シャーリー放映開始の頃に「改変」に対して文句を言っていた邦訳者とそのシンパに対して思っていたことが、「ノイズ」発言を機に吉田恵里香を叩いているひとらを見てよみがえってきた。「原作厨」って害悪でしかない(いやそもそもそういう問題ではなく、後者は単なるミソジニーの発露なのかもしれない、どちらにせよカスである)。チェンソーマンの総集篇に盛り上がっているひとらに対しても、当該の総集篇を観ていないのにもかかわらず同様の感情を抱いてしまう(と言いつつ、中山版に不満のないわたしも、観たら観たで盛り上がってしまう可能性もある)。作品が乗っかるメディアが変わることをいったい何だと思っているんだ。

日が暮れるのが次第に早くなり、時折ニャンたちがふとんのなかに潜りこむようになった。わたしの腰のあたりで丸くなったこのふわふわのぬくみが、夏の終焉と秋の到来をたしかに告げている。

きこえのさわりをつまむ人

東京滞在記を書きおえる前にワークの〆切に追われ、そのまま日々の記録もつけなくなり、ブログの習慣がしばらく潰えていた。とにかくちからが尽きていた。数週間が過ぎ、ようやく回復の兆しが見えはじめたので、この文が書きだされた。途中まで書いていた文(記事はつねに予約投稿にしているがために、いっとき未完のままアップされていた、目にしたひとはどうか忘れてください)を書き上げられるかどうかはわからないが、ブログ自体を再開する意志はある。ただでさえ薄い生が、記録をするというくびきから放たれると、さらにペラペラになっていく。そういう不安がある。何も怖がる必要なんてないのに。

ワークの落ち着いたさいきんはアニメをたくさん観ている。ジークアクスと前橋ウィッチーズ、次いでTO BE HERO Xがおもしろい。ラザロとアン・シャーリーもぼちぼち。プリンセッション・オーケストラと未ルはおもしろくなかった。それらの感想もまたいつかアップされる。

ベースもたくさん弾いている。結束バンドの「星座になれたら」をだいたいおぼえた。おぼえただけで、きれいに弾けるわけではない。2連ハンマリングの箇所の運指がもたつく。リズムのハネ感がむつかしい。しかし、たのしい。




ポップでワンダーな文芸誌「たくさんの的」vol.14がでた、今回のテーマは「抱擁」、わたしは新作の詩を掲載、2025.5.18 23:59:59まで全国セブンイレブンのマルチコピー機から出力可能、BOOTHでpdf版も頒布中、ぜひゲトってください、詳細は以下より

https://www.tumblr.com/seimeikatsudou/783172050691981312/takumato14
seimeikatsudou.tumblr.com

手にぎり島への旅券

全修。8-9話。8話はルークからナツコへの告白回。その直後の、振り向きざまの「好きだ」や、恋煩いとなったルークに対しての「あの鳥が言っていたルークの終わりってこれのことかな」というQJのぼやきなど、愛をギャグで包んでいるのがいい。バトルシーンはガンダム召喚の上、ラストシューティングでフィニッシュ。7話でのナツコ目がけて生じた数々の「トゥンク」を踏まえての、ナツコ自身の「トゥンク」によって幕切れる構成もいい。9話のAパートは総集編的な趣があり、その方法論として、ルークの視点から、ナツコへの恋心を軸にして物語を語りなおすやり方がとられているのが巧いと思った。退屈させない総集編回をつくる作り手は信頼できる。Bパートはナツコが描いた絵がヴォイド化して襲来するという、これまでにない展開。必死に作画するナツコへ投げかけられるQJの「上がりますか?」という台詞、アーニメ(ー)ターへの解像度上がりすぎだろ!とちょっとわらった(それだけ信頼関係が結ばれていることの証左とも言える)。そんなやりとりを踏まえての、ヴォイドに向かってザンボット的特攻。爆散。エモーショナル。

for sibylがいい。曲調はちがえども、mommaにも流れているのと同様の90sのエッセンスが充溢している。


▼曲の短さも潔さがあっていい
youtu.be


夜、ミートボール・ちくわの肉詰め入り。うまい。

さいきんスカジャンがほしいなとおもっている。きっかけはおそらくポケセンのホウオウ/ルギアスカジャン。争奪戦に参加するほどデザインに惹かれはしなかったのでゲットしていないが、それでもスカジャンがほしいなのきもちはずっとのこっていて、直近ではZガンダム×グラニフコラボのキュベレイスカジャンに多少こころうごかされてたのだが、これまた即決のデザインでなかったために迷っているうちにソールドアウトしていた。アニメフィーチャーの服にときめいているとせんじつも書いたが、本元のスカジャンやベトジャンに比べると、やっぱりデザインで劣っている。そもそもリバーシブルでないことが多い。元来のものでいえば、イヌイットの壁かけを彷彿とさせるようなアラスカジャンがめちゃかわいいのだが、値段はかわいくないのであった。

フォントを買う。円がもっと高くなってくれればドーンと買えるのだが、(私が? 国が? 世界経済が?)こんな体たらくだと細々と買い集める羽目になる。

夜、卵スープ、冷凍餃子、オリーブとそせじの炊き込みごはん。うまい。

確定申告フィニッシュ。心晴れやか。気合を入れて取り組んだおかげで2-3日で済ますことができた。風荒ぶ冬のおわりの日なたのなかを、帽子をおさえながら郵便局まで歩いていった。路肩の雪がだいぶちいさくなっていた。

夜、わかめとチャーシューのスープ、豆腐とチャーシューと春雨の生姜煮。うまい。

1年ぶりにブリーチリタッチ(押韻)、染髪。ほんのりピンクで春らしくなる(前回のブリーチがのこっている毛先はよりファンシーでマゼンタみがある)。

つくったチラシをほめられるのはいつだってうれしい。みなさんいつでもほめてください。

東京に向かう準備をする。



ちょうど両親が車で関東方面に向かうとのことだったので、これ幸いと後部座席に横たわったまではいいものの、しばらく車体の揺れに身を任せたのちに、まだ夜明けも来ていない、午前4時過ぎの葛西臨海公園へと放りだされる羽目になったので、なかなかハードな東京滞在(誕生日でもある)の幕開けとなった。持て余した時間を浪費するためにどデカい観覧車が鎮座する園内を散策するも、始発もうごいていない時間帯なのでむろんどこも開いておらず、道端に立つ園内図に描かれてあった海を渡る橋も閉鎖されていて、早起きの鳥の叫ぶ声に耳を傾けたり、防風林の写真を撮ったりするぐらいしかやることがなかった。

潮風に冷やされた身体を電車にすべりこませ、大きな駅に移動すればどうにかなるだろうと東京駅へ。隣接するマックで時間をつぶそうとするも、まだ6時前だというのに店外までのびた列に気圧され、池袋へ。朝からひらいているありがたいデニーズでモーニング。店内は意外と繁盛しており、とりわけ異国の言葉を話すひとらが多くいて、ここで時間をつぶしてから旅を始めていくのだなと感心した。チーズトーストと目玉焼きをかじり、半分眠りながら今回のたずさえブックである中沢新一『はじまりのレーニン』を読む。ドリン・ドリン!

何にでも当てはまる

キミプリ4話。響カイト登場回。アバン前の視聴者への呼びかけがアイドルだけではなくウインクも追加されていた。次回予告後のファンサレッスンとともに、「メタ」によって本編を囲んでいるこの構造、まさしく〈「キミと」アイドルプリキュア〉である。まぶしすぎるアイドルの輝きでトレーがピカっていたり、漫符的矢印が人体にグサッと刺さったりなど、ギャグ演出がいちいちたのしい回。両親が店を去っていくシーンもふざけていてよかった。カイトくんに救助されたおじいちゃんの第一声が「おお、わしの若い頃にそっくりじゃ」な点まで、徹底してギャグをちりばめている。歌と踊りによる浄化は、ふりかえってみればスタプリ映画とラインを結べるもので、いいギミックだよなとあらためて思う。「いつもここで空に歌聞かせてた」という、浜辺でうたに向かって発されるカイトくんの台詞の破壊力もばつぐん。そんな彼への恋心の芽生えを、波を浴びる浜辺の貝のカットで表現するのがおしゃれである。脚本は井上亜樹子(ゴジュウジャー!)、絵コンテ・演出は手塚絵美。

昼、ひき肉とピーマンのチーズラー油ポン酢炒めwith目玉焼き。うまい。

食器および調理器具は使用後そのまま放置、飲みおえた缶コーヒーはテーブルの上に置き去り、日が暮れてもカーテンは開けたまま、さっきまで見ていたテレビはでかい音を立たせたままつけっぱなしで、わざわざキッチンの電気を点灯させてからでかけていくゴミカスにほんとうにイライラする。1000th記事に「怒る頻度が激減したのかも」云々と書いたが、単に怒りの矛先が社会的なものから家庭的なものへと移り変わっただけか。

ガヴ24話。アイスフォーム回。ラキアが幸果さんとも仲良くなっているのがいい。

ゴジュウジャー2話。青黄によるストリートピアノ、アイドル風の登場、とドンブラみのある展開の行き着く先は、次回予告のドンモモタロウ! 視聴がつづきそうだ。トレジャーハントNo.1という今回のバトルテーマにおいて、自身のファンである金持ち老人から金品を強奪するという方法を取る青の悪どさがウケたのも束の間、赤が参加者の宝をすべて奪ってNo.1になるという、子供番組らしからぬストーリーラインがおもしろい。

もめリリ6話。一瞬の水着アバンをインサートしての説明台詞の応酬、という構造に視聴者に対するなめくさりを感じ、さらには半ケツゆさゆさガールズをローアン老師的こだわりで映しつづける回でもあり、ヒドすぎてわらえてくるレベルだった(いや、そもそもこんな文句を言うような層はすでに振り落とされていて当然なので視聴を継続している自分の問題でもある)。

夜、卵とわかめスープ、鶏の唐揚げ(できあい)とエリンギの炒め物。うまい。



AI翻訳されたテキストを自然な日本語かつ、文学性を含ませたかたちで編集するワークをやっているのだが、たのしい。

夜、笹かま、揚げ舞茸、揚げ鶏withぽん酢マヨ白胡椒ソース。うまい。

ผ้าอ้อม99999(「パーオームキューキューキューキューキュー」と読むらしい、パーオームはタイ語でオムツの意)、かなりいい。節操のないサンプリングがヤバすぎる。ネットミーム時代のバンド感がすごい。


▼この曲ではないが、ボアズから引っ張っている曲もあったりして「サンプリングと創造 本歌取りの妙」だ!となった
youtu.be

キミプリ5話。青山一人原画回(毎回言っているが丸みがかわいすぎる!)。キュアチューブのキュアアイドルの動画が1000万いいねを記録していて、バズにも程があるだろとわらった。たたかうためではなく、CM撮影のために変身するのがアイドルモチーフならではという感じで、そこからナチュラルに戦闘に移行する流れもよかった。

ガヴ25話。グラニュートが人間になるためのアイテム(?)を化け人形と読んでいる場面があり、人間がお菓子のスパイスにさせられる世界において、それは「元の人間」が素材となってできているものなのだろうかと怖い想像がふくらんだと同時に、変身前後の姿・性別の差異に対する疑問が消えた。

ゴジュウジャー3話。ドンモモタロウ登場回。情報量のたたみかけがすごいところもドンブラザーズである。ジジイグリーンのヒキももうれつ。

manga houseの「傍観者」、めちゃ聴きなじみのあるメロディ(スピッツ空も飛べるはず」? ほかにも混ざっている気がする)、何かのカバーか?と思ったがちがった。

夜、しめじととろろ昆布の汁、麻婆豆腐。うまい。