生のデッサン#1

 ……んが、小早川氏のあしもとを気のたった蛇がうねるように横切っていったので、ひ、と息をのんだのでしたが、そのおどろきはほかのだれの耳にも入ることなく、わたしの呼吸器と感覚器のなかだけで完結してしまったのでした。でも、そのときはじめて、ムン坊のきもちがわかったような気がしたのです──突然スクリーンに裂け目があき、そのまなこを縦にしたような穴からぬ、と手が伸びてきて、わたしたちと松林さんとのあいだに文字通り影が差した。魔も差したかもしれない。手には包丁が握られており、客もまばらな前列からちいさな悲鳴が上がるのが耳に入る。刃先はゆっくりと向きを変え、松林さんの目の玉をくりぬく。空洞になった松林さんの眼窩に、光の束が刺さっていく──まぶしさが、風にゆれる葉叢のさざなみを通してわかる。陽射しを反射させる光沢は、クチクラ層と呼ばれる層によって起こり、この膜は自らを守る役割を果たしている。クチクラは植物だけではなく、他の生物、たとえば昆虫や、哺乳類の毛の表面にもあらわれる。カブトムシやクワガタなどの甲虫の外骨格を形づくるのはこのクチクラであるし、わたしたちのからだに生える毛における「キューティクル」とはまさにこのクチクラのことである。ラテン語でCuticulaと書くこの保護膜は──切り裂かれたスクリーンが壇上に落ちる。何重にも折りかさなった白布はとぐろを巻いた蛇のようにも見え、そのことに気づいたまさにその瞬間、まだかすかにぶらさがったままのずたずたの映写幕に、ジャングルを這う蛇の姿が大写しになった──剥きだされた毒牙が暗闇にひかり、ムン坊の手のひらから逃げだしたピースケはその餌食になった。カットが割られ、松林さんの顔があらわれる。包丁を持った女の顔がそれを遮る。わたしは息を呑む。音もなく映写が止まる。