きみに映らないタイプのきみ宛の手紙

ワークワーク。やる前はあまりふくざつでないと思っていたワークが、手がけてみるとふくざつであった、というパターンに突き当たり、ウンウン唸りながらやる。時間をかければすすむタイプのワークではあったので、想定の3倍ぐらいの時間をかけてぶじ完了させる。

返金、メールには全額と書いてあったが、処理ページを見てみると全額でなく、少額とはいえそのごまかしに腹が立つので再度問い合わせをする。こういう対応をされた場合、ふだんならぜったいに再利用しないが、クライアントが使用しているツールなのでふたたび使うことになるのがつらい。なんでこんな馬鹿みたいな対応でいいと思っているんだ。正気かよ。個人間だったらまだしも、それなりにでかい企業だぞ……。

ひさびさにラジオを再開できそうな感じになってきたのでその準備をする。丸々2ヶ月休止していたのでさいしょの2週ぐらいはリハビリ放送になりそう。

SV、ほんとうに追加DLCがきそうでうれしい。

とか言っていたらポケモンデーでは発表はなされなかった。オーガポンとテラパゴスが見つめる向こうには……。

昼、ほうれん草と豚とチーズの塩辛スパゲティ。うまい。チーズと塩辛の塩味がサイコー。

ポケモンデーの流れで新しく構築をつくり、潜る。晴れパ。順位が4万位ぐらい下がる。ウケる。おれにはコータスをつかいこなすことができない。

サブスク、ちゃんと(表示上は)全額返金された。ここではじめて謝罪の言葉があらわれたが、どう考えても期限日内に勝手に更新するやり口にその言葉を当てた方がいい。

夜、椎茸と葱のニンニクスープ、豚茄子ほうれん草の豆乳ハリッサ炒め煮。うまい。

ニューワークがそろそろうごきだしそう。むかしにいちど携わったきり長らく触れてこなかったジャンルのワークなのでとてもたのしみ。

ラジオ。先に話していた話が思いも寄らないかたちでつながってくる瞬間がなんどかあり、こういう語りをやりたいんだよなとやりながら思った。こう話そうなんてことを考えずに話したことが、勝手に接続されていく、そういう連接のしかた。メディウムスペシフィック-黒沢清による映画の定義-ワンマンライヴという空間、の流れ、めちゃくちゃよかった気がするので、これをもとに同じ話を今度ひとに会ったときもしようと思った。会話のたねを生むのにもラジオは役に立つし、記憶の定着を促しもする。



夜、厚揚げとえのきの純豆腐風スープ、ジーパイ。うまい。

包丁で指を切り、膝を強打する。運がわるい。

夜、鶏と豆腐の生姜ねぎ鍋風。うまい。

夜、豆腐の味噌汁、しゃけのムニエル、ナスとピーマンと玉ねぎのジーマー味噌炒め。うまい。

確定申告、そろそろ手をつけないとまずいなと思っているが、去年の記録を見ると4時間で済ませたとあり、じゃあまだ大丈夫かとヘラヘラしている。こうやって何もかもを先延ばしにしているうちに人生がおわる。そういう生き方をしている。

いんすた、弱小アカウントにおいては、もうしらないひとのもとにまではまったくとどかないようになっているのだなと自分が投稿した画像への反応を見て思った。拡散はリスクである時代のプラットフォームのひとつの形態? 「政治的に正しい(?)おすすめ」だけの世界よりは、ドグサレ空間でも多少はランダマイズされた(単に感情を扇動するもの-インプレッションが稼げるもの-金がうごくものがセレクションされているに過ぎないとしても)ついったの方がまだいいのではないか。

確定申告をゴリゴリやる。去年と同じくらいの時間をかけてぶじフィニッシュ。〆切の1週間以上前におわらせるなんてえらすぎる!

夜、岩下の新生姜の豚巻き、ほうれん草とチーズのゆるオムレツ。うまい。

ディスプレイのフチ全体にアニメーションを流す広告にぶちあたり、不快とか以前に慄く。こわすぎる。

確定申告、提出する。これだけでもう今日はいいだろうみたいなきもちになるが、ワークはうごいている。

泊まりがけで行こうと思っていた新潟国際アニメーション映画祭、いつの間にかチケットが発売開始されていて、気づいたときにはいちばんのお目当てである富野由悠季トーク付き逆シャア上映回が完売していた。別日にはしごして観ようと思っていた作品も上映時間が変わったりしていて、計画を練りなおさなければならない。

強打した膝が痛い。しっかり肉がえぐれている。

夜、海老と筍と卵のにんにく豆鼓炒め。わたしが食べる頃にはひとりぶんの量になっていたので、フライパンにオイマヨを足して白米を入れ、炒飯にして食べた。うまい。

ワークワーク。自分の好きなジャンルのワークはめちゃくちゃたのしいなと思いながらラフをつくっていく。

みんないいいい言(同じ言葉が連続でたくさんつながるとおれは大岡信のことを思いだす、おおおか、おおおか!)っている柴田聡子の新譜を聴く。たしかにいい! おれがしっている「柴田聡子」という感じがしない。それがまたいい。さいきんダープロおよびアンバーコフマンなんかを聴いていたのもあって、曲中にそのニュアンスを感じ取ったりもする。検索すると、同じ感想をもっているひとがいてそうだよねとなる。これがわたしのSNSのつかいかた。