missile missing missions

今日も今日とて紙と印刷について学んでいく。

きのうの鍋があまっているので、そせじをボイルし、祖母の味を思いだしてスクランブルエッグのマヨ和えをつくる程度にしておく。母の漬けたカブや、なめたけや、韓国のりも食卓の上にあがり、品数が多い。パクパク食べる。

深夜にかけても制作。みっつめのグラフィックシリーズのひとつめがしあがる。シリーズのアイデアばかり浮かんで、それぞれのシリーズのふたつめまでたどりつかない。ばかだねえという気がするし、それでええんやという気もする。いまではむっつのシリーズの予定がある。曜日ごとにあっぷしていこうなどと思っていたが、さいてい週にいっかいあげられればよいかというところに着地した。

無職の立場にあると、ものを買うことに躊躇するようになる。そんなブレーキ装置をえいやとたたきこわして、町屋良平の『ふたりでちょうど200%』を注文した。ネットで本を買うのは生まれてはじめてかもしれない。と、2回くらいここで書いているはずなのでそんなわけはない。が、それでもその総数は片手で数えられるほどだ。ひとりのアンチアマゾン勢としてインディ系の書店で購入した。こんなことをラジオでも意気揚々とのたまっていたが、プリンタだのなんだのを買う際にアマゾンに頼る可能性がある。なんとよわい決意、、


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ぜんぜん更新されないブログがしばらく見ないあいだに立てつづけに更新されていてうれしい。このブログもいつのまにか400日ぶんの記録がたまっており、紙に印刷してまとめたらそれなりにぶあつくなるだろうと想像する。日記ZINEはフリーペーパーで2号発行したが、つぎは冊子のかたちにまとめてみようか? それとももう1号フリーペーパーでやるか? ネットプリント? こっちにいるあいだにいちどは印刷物をつくって郵送するという行為をしたいと思う。

フアン・ゴイティソーロサラエヴォ・ノート』を4章ほど読む。悲惨だ。歴史的な背景を深くしらないので、断片的にその記述をとらえることになる。著者によって最も心の痛む光景として引かれ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ政府広報官によって「第二次世界大戦後にヨーロッパ文化に対して犯された最も野蛮な破壊行為」と評された、セルビア民族主義過激派によるサラエヴォ図書館への焼夷弾爆撃。旧東方学研究所として名を馳せていたこの場所に所蔵されていた貴重な文化財は、たったの数時間で灰燼に帰した。ゴイティソーロはこの蛮行を「記憶殺し」と名づけることに同意する。

ヴィシェグラード虐殺から逃げ延びた未亡人の、このような証言もある。セルビア武装集団である《大鷲隊》が家に押し入ってきたときのエピソードである。

夜一〇時、あいつらは今度は案内人なしにやってきました。まず、私と下の息子のことを殴り、それから、私たちは銃を突きつけられて、床に横にならされました。私は弾丸〈たま〉の入ったピストルを持たされて、その銃口を息子の口にくわえさせて、私のことを殴ったり蹴ったり……。

どの頁を読んでも、地獄のような描写がつづき、その行のひとつひとつに自己の無知ぶり、生きる姿勢を問われているような気分になる。