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百日単位のフェアトレード

『オーバー・フェンス』を観た。山下敦弘の作品は『マイ・バック・ページ』ぶり(音がちいさすぎて何いってるかわからんまま観ていたので内容はぜんぜんおぼえていない、もやのかかったようなオフィスの空気感だけをおぼえている)? 90~00年代邦画的湿度感を踏襲しながら、その先をひらこうとしていく感じがいまっぽくてよかった(扉はあいている、窓もあいている)。地方都市のかかえる閉塞と、そこに対応する、徹底的なひとへのフォーカスをつらぬきとおす画づくり。外を、廻りを、映さない。だのに、古くささ、ダサさがほとんどない。自転車ふたり乗りのシーンや、船上での会話シーンなどの、ちかしさにも、遠さにもなる「狭さ」がよかった。

前者を観ていて想起したのはヨアキム・トリアー『オスロ、8月31日』の消火器の煙を放出しながら自転車ふたり乗りをするシーンで、それと同じようにうしろから撮ったら飛び散っていく羽毛がきれいだろうなとかそんなこと思ってたんだけど、そういう逸脱をゆるさない緻密さに観おわってからしびれた。どちらもトレイラーに使われていたので見比べてみてください。下に張っておきます。ちなみにヨアキムの新作が『母の残像』というタイトルで11月に公開されるのでそれも張ります。原題は『Louder Than Bombs』。スミス?(ちゃんと聴いたことはない



[『オーバー・フェンス』トレイラー]


[『オスロ、8月31日』トレイラー]


[『母の残像』トレイラー]

あ、映画といえばこないだ牧野貴の作品を映画館で観ました。いわゆる実験映像ですが、スクリーンに映る映像と、自分の記憶との照らし合わせ、音の有無と眠気みたいなことを考えながら観て/寝ていましたが、それを踏まえてのトークがおもしろかった。まだまだ話を聞いていたかった。観客がほとんど映像業界のひとって感じでもったいなかった(ロビーに座っていたら、鈴木志郎康という単語が聞こえたのはおもしろかった)。詩もそうだけど、もっとひらけていければなと思う。