なにもだれにも伝わらないまま息絶えてしまう・わたしがうれしいと思うときべつにあなたはうれしいと思わないうれしさ

ダンバイン展の東京上空T、ちょっとかわいいと思う。見本画像を見るかぎりプリントはもうすこしちいさめのほうが品があっていいと思うが、じつぶつはどんな感じなのだろう。ガラリア・ニャムヒーのグッズがないのはかなしい、、

夜、豚・白茄子・でかにんにく・玉ねぎ・人参の塩生姜炒め。うまい。

ついの文面を考えたり、民衆暴力を読みながら考えていたこと。向井秀徳がいうところの「意味がわからん言葉で意志の疎通を計りたい」、おれの人生はこれに尽きるのではないか。「両手ひろげてアドリブで歌いだしそうな」きもちを、どのように言葉のうちにこめていくのか。本を読んでいて、ここは主述の関係が明確でないなとか、重言だなとか、職業柄そんな箇所ばかり目に入ってくるが、一方、自分で文を書く際には(いま例に挙げたような箇所はいちおうは気にするけれども)読みやすさ・可読性みたいなものはだいぶ軽視しがちである。重要なのは、この身のうちにあるきらめきやくるめき、おどろきやどきどきを、いかにして言葉という乗り物にのせられるか。だから、文章は平気で飛躍するし、わけのわからない文言もバンバン入ってくる。そうでなければ、自身の抱えるどうしようもないこのうごめきは、きれいに整えられたどこかで見たような既製品に似るしかなくなる。そんなものが、わたしを伝えられるはずがない。この思考と実践が、さらなる極地にておこなわれるのが詩である。

「詩的言語」とは「愛の可能性を最も短距離で結ぶ滴りである」とは岸田将幸の言だが、まさしくそうであるからこそ、詩は「わからない」のだ。そして、まったく同じ理由で、なによりも「わかってしまう」のが詩なのだ。書いていて、先日書いたハードルの話を思いだしたが、より困難な道のりを通ってわたしたちがわたしたちになれたら、そんなにうれしいことはないではないか。「わたしもカレーが好きなんです!」よりも「わたしも『旅路の果て』の書きだしが好きなんです!」のほうがよりつよいむすびつきを感じるのと同様のシンパシーがここには生じる。


▼ハードルについて
seimeikatsudou.hatenablog.com


これは恐怖の裏返しでもある。もし、「意味が〈わかる〉言葉で意思の疎通を計」ることができなかったらどうするのか。明確かつストレートな「『愛してる』の響きだけで強くなれ」なかったらどうするのか。こんなに怖いことはない。こんなにおそろしいことはない。そうした恐怖感が難路をかたちづくる唯一の構成物だとは思わないが、ハードルの背後に影をつくっていることは疑いようがない。臆病者が必死の形相でぶざまにも〈きみ〉に語りかけようとした痕跡が詩でなくてなんなのだ。

うれしさに話をもどすと、そのよろこびを信じているからこそ、わたしは詩を書く。言ってみればこのブログだってそうである。開設から8年ちかく経ちながらも、いまだにアクセス数が0の日だってざらにあるこの場所で、なぜ文を発表しつづけているのか? だれも読まないテキストを、なぜ延々と書き散らしているのか? それは、わたしが、会ったことも見たこともないひとの書いた、だれも読んでいないブログにたまたまたどりつき、そこに書かれてある文に感銘を受けるという経験をすでに幾度もしているからである。その偶然とうれしみにみちた、か細くも光かがやくひとすじの回路をしっているからである。わたしはまだ会ったことのないひとにつよい希望を抱いている。これほどおおきな希望をほかにしらない。じっさい、そんな詩を書いたこともある。いつか発行されるだろう第一詩集の巻頭に収録されている。それがあなたの瞳に注がれる日がやってくることをわたしは熱望している。

夜食に冷やしうどん。刻んだきゅうり、煮玉子、夜ののこりを、白だし+黒酢+ジーマージャン+生姜のタレで。うまい。このタレ、再登用したい。辛味を加えてもよさそう。



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藤野裕子『民衆暴力──一揆・暴動・虐殺の日本近代』読みおわる。おもしろかった。ラジオで話さなかったことを書く。本書はさまざまな先行研究の集積としても読むことができ、それらを雑学としてしるのにも役立つ。たとえば以下。

日清・日露戦争をとおして、雑誌を定期購読するという慣習が日本に広まった

新聞が戦争報道を通してめちゃ部数をのばしたみたいな話はしっていたが、雑誌の定期購読が戦争によって準備されたというのはしらなかった。隣国ロシアが戦争を起こしていたって「無関心」がメディア全般の基本方針に見える現代(もしくは「数字」のみがすべての論理を牛耳る資本の専制下)においては、たとえばいま、日本が主体的に参戦する戦争が起こったとしても、新聞の部数減も、雑誌の廃刊・休刊にも歯止めはかからないだろうと思った。インターネット上に爆殺動画が蔓延する、「戦争」が「エンタメ」にならない時代。

そもそもながらく積んでいた本書をひもといたのは今年が関東大震災100年だったからで、朝鮮人虐殺についても全5章中の末尾2章を割いて言及がおこなわれている。

流言の発生源を厳密に特定することは史料的に難しい(…)それでも、研究上、見解が一致している点がある。発生源がどこであったにせよ、震災当初から警察が朝鮮人に関する流言・誤認情報を率先して流し、民衆に警戒を促したことである(…)そればかりでない。九月三日午前八時十五分には、海軍無線電信所船橋送信所から、呉鎮守府副官経由で、各地方長官宛に次の電報が発せられた(…)
  各地方長官宛   内務省警保局長
 東京付近の震災を利用し、朝鮮人は各地に放火し、不逞の目的を遂行せんとし、現に東京市内において爆弾を所持し、石油を注ぎて放火するものあり。既に東京府下には一部戒厳令を施行したるが故に、各地において充分周密なる視察を加え、鮮人の行動に対して厳密なる取締りを加えられたし。

虐殺について、「記録が見当たらない」などとのたまうにんげんがのうのうと官房長官の座におさまっていられるのが我が国だが、当時、率先して扇動をおこなっていたのもまた我が国なのである。おお、なんという美しい国! 日本を、取り戻す! さらには、こうした公権力による殺人は裁判では不問にされ、戦前に行われた司法省による殺害者数調査においても、自警団による殺害のみをカウントするという「美しい」作法が徹底されていることが本書では触れられている。この伝統が、現都政にも流れているがゆえに、追悼式に都知事名義の追悼文は送られず、飯山由貴の作品は上映不許可とされるのである。