Sinead O'brien(シネイド・オブライエン)は、アイルランド・ダブリン生まれの詩人・ミュージシャン・ファッションデザイナー……とウィキペディア風に書きだしてみましたが、本稿は、わたしのやっている「無職/文化/週報」という文化系ラジオ(インスタライブ)で2020年10月現在彼女の最新EPである『Drowing In Blessings』(Chess Club, 2020)の1曲目「Most Modern Painting」を紹介する際の事前取材の過程で、曲だけではなく本人の経歴も興味深いことがわかり、なおかつ日本語環境でそれが読めそうなところがなかったので、この機にまとめてみようと試みたものです。まずは曲とMVをご覧ください。
ポストパンクの文脈を踏まえて鳴らされる緊張感のあるサウンドに、歌と語りを融合した〈シュプレヒゲザング〉と称される言葉つめこみ型のヴォーカルが乗っかった本曲。MVはバレエダンサーとしての経歴をもつ監督Saskia Dixie(サスキア・ディクシー)が振り付けた、日常と非日常の境目を突くコンテポラリーダンスが、手持ちカメラの危うさとともに焼きつけられ、タイトルに付された「Most Modern(最も現代的な)」をイメージ化したかのような仕上がりになっています。ただし、後述するように歌詞のなかでは、その言葉は皮肉的な意味合いを帯びているもののように思います。
Nic Farman(ニック・ファーマン)のドレッシィでユニークな配色のコスチュームデザインも印象的ですが、Sinead O'brien自身もアイルランド・ダブリンのアートアンドデザイン国立大学(NCAD)でファッションデザインを学んだ経歴を持っており、フェルダーフェルダー(FELDER FELDER)やリチャード・ニコル(Richard Nicoll)、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)へのインターン経験も有しています*1。彼女がインターンした頃、すでにジョン・ガリアーノ本人はユダヤ人とアジア人に対する人種差別発言によって退任していましたが、Sineadは「彼の耳栓がまだバスルームに置き去りのままだった」と複数のインタビューで語っています。
その後、マイケル・ヴァン・デル・ハム(Michael van der Ham)でのアシスタントデザイナーを経由し、ミュージシャンとして活躍する現在もヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)のウィメンズラインのシニアデザイナーを務めているというから驚きです*2。
また、ミュージシャンとしての活動に先立っては、ジョン・キーツやT.S.エリオット、ウィリアム・バロウズなども参加していたイギリス最古の歴史をもつ文芸誌「London Magazine」に寄稿したり、思想と文化にまつわる書評誌「London Review of Books」などに僧侶と修道女が浮気をする短編小説を掲載したりと、書くことに重きを置いていました。幼少期における「クラシカル」で抑圧的なピアノレッスンや、いまでもつづけているダンスの経験も、彼女の創造性に影響を与えています。
ほかに興味深いエピソードとしては、ロンドンの音楽誌「Loud And Quiet」で
I had a year, it was called The Year Of The Yes Girls(わたしは1年間、イエスガールズの年を過ごしました/拙訳)
とおもしろいことをいっていました。1年間、あらゆる依頼や誘いに「YES」といいつづけ、彼女は自らの置かれた状況を「居心地のいい状態」から、刺激的でスリルと混乱にみちた状態へと変化させようとしたのです。なかでも、ブリクストンのウィンドミルという箱で定期的にひらかれている「New Gums」というスポークンワーズのイベント*3への招待に乗ったことが、音楽の世界に足を踏み入れるおおきなきっかけのひとつとなったようです。誘いがあった時点では、音楽をやるつもりも、バンドメンバーもいなかったと彼女は述べています。
刺激を求めるということに関連していえば、パンデミック以前はよく引越しもしていたそうで、もうつかわれなくなった修道院や、古いおもちゃ工場、ハムステッドの高級邸宅で50人規模でのシェアハウスなど、毎回ユニークな場所を住居として選んでおり、彼女の好奇心の貪欲さがそんなところにもあらわれているように思えます。
最後に、「Most Modern Painting」の対訳を載せておわります。SNS時代における際限のない承認欲求と、そこでのわたしたちのふるまいのようなものをアイロニカルに描いているのではとわたしは読みました。わたしは英語が得意ではなく、ところどころまちがっていると思いますので、ここはこうだよというのがあれば、ぜひぜひコメントで指摘してやってください。
Sinead O’brien - Most Modern Painting
シネイド・オブライエン - モスト・モダン・ペインティング
This could be freedom
これは自由かもしれない
This is something else
これは別格
This could be a study on life living
生活についての研究かもしれないし
This could be less
少なくなる可能性もある(?)
Hooked up on the making
Site specific installation
サイトスペシフィックなインタレーションをつくるのに夢中
Hooked up on making
The most modern painting
最も現代的な絵画をつくるのに夢中
Hooked up on the making
The most modern painting
最も現代的な絵画をつくるのに病みつき
Feeding the ego
エゴを育てる
Sick sweet feeling
病の甘い感覚
Back to the dark mirror narcissus
ナルキッソスの暗い鏡に戻って
The conditions for being
Are changing
存在するための条件は変化している
Who do I address
Conversations at breakfast
With images of ourselves
誰に話しかける? 自身のイメージとともに交わされる朝食の会話のなかで
Is this life we're kicking
Something real is missing
わたしたちが蹴飛ばすこの人生には本当の何かが欠けている
I remember seeing
わたしは見たのを覚えているわ
Yes I remembеr seeing
Back to the dark mirror narcissus
そう、ナルキッソスの暗い鏡に戻ったのを覚えている
Floundering over soft corе addictions
ソフトコア依存症に悩まされてる
Hooked to the classics
名品に夢中
Hooked up to the game
ゲームに夢中
Hooked up to the conversation
会話に夢中
Hooked up on the making
つくることに病みつきなの
The most modern painting
最も現代的な絵画
The most modern painting
最も現代的な絵画を
Heavy heavy drowning in blessings
祝福に重く重く溺れてる
Heavy heavy drowning in blessings
祝福に重く重く溺れる
Heavy heavy busy busy
重く重く、忙しなく
We are the echo of the sound
We have not yet heard
わたしたちはまだ聴いたことのない音の反響
We are the image of the thing
We have not yet been
わたしたちはまだやったことがないもののイメージ
Let me see then
じゃあ見させて
Let me see
見せてよ
Let me see then
じゃあ見させて
Let me see
見せてよ
I Immortalise you here remotely
わたしはここからあなたを不滅にさせる
Longing to be closer
近づきたい
To when we sat in gardens
And made mountains out of matter
わたしたちが庭に座って物質から山を作ったときまで(?)
Staring at empty glasses In gardens
庭で空のグラスをじっと見つめている
Quiet whipping winds
Whisper things
As she passes
彼女が通り過ぎるとき、静かな波打つ風がささやく
Long summer grasses
Blow curses to the wind
As she sings
彼女が歌うとき、伸びた夏草が風に呪いを吹きかける
Shows you things
あなたに何かを示している
Quiet whipping winds
Whispering things
As she passes
彼女が通り過ぎるとき、静かな波打つ風がささやく
Long summer grasses
Blow curses to the wind
As she sings
彼女が歌うとき、伸びた夏草が風に呪いを吹きかける
You can loose all the feeling
Remove all the meaning
全ての感覚を失うことができる
全ての意味を取り除く
This is a very good life
これはとてもいい人生
Busy busy drowning in blessings
祝福に忙しく溺れてる
Busy busy drowning in blessings
祝福に忙しく溺れる
Busy busy heavy heavy
忙しなく忙しなく、重く
This could be freedom
これは自由かもしれない
This is something else
これは別格
A word from the conversation
Disturbed me from my private slumber
会話の中の一言がわたしのまどろみを邪魔した
Sugar dripping rumours
砂糖の滴る噂
The pleasure of the surrender
降伏する喜び
Begin a million drumrolls*4
無数のドラムロールが始まる
To call us from our sleepy coffins
眠たい棺からわたしたちを呼び起こすために
To wake us from our warm soft skulls
温かく柔らかい頭蓋骨からわたしたちを目覚めさせるために
Heavy heavy drowning in blessings
祝福に重く重く溺れてる
Heavy heavy drowning in blessings
祝福に重く重く溺れる
Heavy heavy busy busy
重く重く、忙しなく
This is a very good life!
これはとてもいい人生!
*1:記事によってはディオール(Dior)と書いてあるものもありましたが、ここでは本人のリンクトインに準拠しています、ガリアーノ自身はジョン・ガリアーノ→ディオール→マルタン・マルジェラとキャリアを展開しています
*2:本人のリンクトインをソースにしていますが、2020年3月の「The Quietus」誌インタビューではパリ時代の出来事として「I was working for Vivienne Westwood」などと語っており、もう辞めてしまったのか、それともロンドンオフィスではたらいているのか、ちょっと定かではありませんでした
*3:2019年末あたりまでは開催されていたようですが、現在は休止中のようです
*4:「begin a million drumrolls」でドラムが入ってくるのめちゃくちゃカッコいいので、ぜひ意識してもう一聴してみてください