声がかかるのを待ちつづけてそのまましずかに息絶える

ジョージ朝倉ダンス・ダンス・ダンスール』23巻まで読む。夏姫!!!!!!! こういうキャラって負けヒロインになりがちなので、最終的にどうなるのかはさておいて、直近の展開にひじょうにうれしいきもちになった。ふたりの再会シーン、本をひらきながら身悶え、奇声を上げた。こういう少女漫画的ときめき、大好き! 恋愛要素が邪魔だと思う層もいるんだろうなと思いながら、いやこれこそが!とくちびる噛みしめ唸っていた。

夜、卵サラダ、豆腐とわかめの味噌汁、ほぼカニ、練り物、そせじ。うまい。ほぼカニカニをしばらく食べていないのでほぼカニなのかよくわからなかった。

プリアラとスタプリの1話を観た。前者は1話にしてストーリーテリングに深刻さがあり、後者は作画・画面設計のクオリティがバチバチだった。このまま全シリーズの1話だけ東映アニメーションミュージアムチャンネルですべて観てしまおうかしら。プリアラの料理場面で実写演出が導入されていたり、番組末尾に料理動画をくっつけているのはこんな試みをしていたのかという発見があった。

夜、豚もやし、春菊のおひたし。うまい。食中、唇を噛み、血が滲んで腫れる。

ワーク。メールを打つ、なぜそのことがこんなにも心を疲労させるのか、、

夜、豚バラえのき炒飯。うまい。

咲プロダクション『善さん』(映像視聴)。タイトルの「善さん」、その名で呼ばれる主人公の「悪魔」、彼が住んでいる「平和」な町、悪魔のささやきによって内なる「欲望」を発芽させていく市民たち……と二項対立が軸となって物語が展開していくのだが、冗談まじりのほんわかテイストで幕開けた本作は、歌って踊ってのミュージカル形式なたのしさの合間に『問いかける焦土』(ヴェルナー・ヘルツォーク)の油田火災消防士に宿ったような狂気を漂わせながら、『ドッグヴィル』(ラース・フォン・トリアー)顔負けのカタストロフへとなだれこんでいく。その激流ぶりをたのしんだ。

善さんの住む町には町内会・商店街・役所の三陣営があり、主に前者ふたつの対立が軸となって物語はすすんでいくのだが、その際の「ボス1:手下3」の配置を興味深く観ていた。ボスの語りを、3人それぞれのマイム的なモーションが補足する絵面は、舞台的な華やかさがあり、おもしろさを感じた。個々に何かをやるよりも、複合・分割の体で身体をステージ上に置くこと。ときおりでてくる「踊り」の振付もよかったが、クレジットを見るとどうやら本職はダンサーの出演俳優が担当しているようだった。



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盛夏火『スプリング・リバーブ』(映像視聴)。初の劇場での公演。圧倒的にかましていた。わたしがものをつくる上で心がけていることのひとつ、「埒外からの投擲」が見事に達成されているように思った。作品を「異物」として場に存在させること。ほかの作品を観ていないのだから「比較」はできないのだが、単体でも「浮いて」見えるすごみがあった。矢継ぎ早にくりだされる外部への参照の「流れ」(けっして蓄積ではない)が大小さまざまな波線をつくりだし、やがてそれはクライマックスにて実際的な春の残響=スプリング・リバーブへと結実する。盛夏火のエッセンスの詰まった濃厚な37分だった。

戯曲で読んだとき、カーテンコールシーンの「クライマックスっぽい音」「とにかく明るく、強い、派手な、電力全開の照明」のスケールを想像してめちゃくちゃわらっていたのだが、映像だと思っていたよりも「大音量」でも「ビカビカ」でもなかったのが惜しいなと思った。機材が破壊されるような無茶苦茶がみてみたかった。

西尾大介ふたりはプリキュアMax Heart』(2005)2-5話。シャイニールミナス登場まで観る。1話完結を主にしていた前シリーズと比べて、縦のラインが強調されており、「つづきもの」であることが前面に押しだされている。謎めいた新たな登場人物・九条ひかり(書いていて思ったが平和憲法?!)、ポルンの「めざめ」、長老たちによって語られるプリキュアの使命。4話と5話に至ってはいい場面で幕切れさせて次回につづく!形式のおわりかたをしており、作風の転換が図られていると思った。

2話、長老の口から滔々と語られるプリキュアの使命だが、それを引き受けてほのかがなぎさに向けて発するのは、「クイーンを助けるためなんでしょ、がんばりましょ」。世界が闇にのみこまれてしまうという危機を防ぐためではなく、あくまでもクイーン個人を救うことに重きを置くのがプリキュアスタイルである。戦闘場面で敵に吹っ飛ばされたブラックが着地する際、先に吹っ飛んで土手に転んでいたホワイトに目線をやっているのがよかった。アクションで語らせるすばらしい演出。また、ひかりが登場するシーンの華やかな場面設計も効いていた(きらきらの光、舞い踊る花びら)。クイーンの化身である彼女のとくべつさが画面が伝わってくる。演出・絵コンテは山吉康夫。

3話、なぎさの留守中、部屋を掃除するなぎさママという場面。掃除がおわったあとの画面で本もトランプも散らかしっぱなしなのがウケた。美墨家の教育(?)スタンスがほのみえる。今話でのひかりのとくべつさを伝える使者は蝶々。

4話、おもちゃはちゃんと片づける、とジャアクキングの化身(?)の少年に教え諭すザケンナーのおもしろさ。彼らにも倫理があるのだとわかる。また、サーキュラスプリキュアたちがバチバチ戦闘している場所で、ひとりぽつんとたたずむひかりのシュールさにもウケた。先にも触れたが、ポルンとひかりがともに光に包まれてどうなる?!というところで幕切れ。

5話、シャイニールミナス初登場回。口開け変身のよさよ。変身後にはじめて生身で対面する際、なぎさが彼女を「ひかり」と呼ぶのに対して、ほのかは「さん」付けなのが性格があらわれていてよかった。また、今回はBパートでも変身シーンがあり、シャイニールミナスの印象づけに全力が発揮されていた。サーキュラスといざたたかうぞ!という場面でEND。無印で2話以上連続で引っ張るスタイルが登場したのはラストだけなので、観ていてマジかとなった。しかも次回予告ではそんな戦闘のことなどなかったような語りぶりなのがまたおもしろい。