読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

試す石を探しにゆくひとといる

年末感というものがあるとして、いまそれにつつまれてきている。三連休である。鼻血がでるレベル。生きててよかった。

今日はパーティへいった。家でやる前にお呼ばれをした。しらない家でみしったひとたちとテーブルや絨毯を囲んだりし、辛い骨付き肉やバターたっぷりのケーキを食べるなどした。ハゲタカのえじき、おもしろかった!

そのほか、ミントを植え替えたり、フライヤーをつくったりもした。明日にはたんぶらーなどで告知をするので、時間差でここでもおこなう心構えだ。なかなかカッコいいものができた。自分でそう思えるものをつくっていかないとほんとだめだと思う。そのためには妥協しない骨が必要だ。たたかう素振りのにどと一致しない周回路だ。

明日は町へくりだす。

うつぶせの樹の倒立するまで

うちにはIKEAで買ったビリーが3台ある。ビリーとは本棚のことだ。でかくて重くてやすいやつなのだが、先週末はそこに漫画をぼんぼん詰めこむ作業をした。まったく入りきらず、漫画に熱をあげていた大学時代=青春のほとばしりを感じて「すごいなあ」と感動していると、いっしょに住んでいる恋人に呆れられた。シュリンクがかかったまま1巻-最終巻という積読家が涙を流して肩を叩きあう光景がたやすく想像できるようなブツもあるから、仕方あるまいと思う。コミティアで買い漁った漫画たち(とくにコピー本)の扱いに困る。コミケに毎回いくようなつわものたちはいったいどんな風に収納しているのだろう。

本棚がある生活は実家にいたころ以来なのだが、この「自分の棚」をつくる作業がたのしすぎてしかたがない。書店でいい棚を見かけるとテンションがあがるように、自分の棚は自分の好きな本しかないので、ながめるたびにうっとりとする。将来、わたしの家には壁いちめんを本棚で埋めた書斎があり、その部屋にしのびこんだこどもたちが、目についた背に指をかけることを想像する。こどものころ、祖母や叔父の家の本棚から本を引き抜いて、こっそり読むのが好きだった。ああ、文化的再生産。マジディスタンクシオン。たのしいおばあちゃんになりたいよな。

鉢植えと土を買った。春になったらバジルとパクチーと大葉を蒔くんだ。伊勢丹には葉脈がひかる草がうっていていいなあと思った。今日でフライヤーに決着をつけられるといい。1/27-29のどこかはあけておいてください。手がけている本も2月の末には刊行される。ZINEもつくろう。みんなあそぼう。来月はホームパーティーをやる。詩は投函できなかった。代わりに詩を読む。読みまくる。

騒々しいバスドラ、バスドラバスドラバスドラ!

音楽から朝がはじまっていく。生活がある。タークのフライパンをさいきん買った。とにかく肉がうまい。つぎはバーミキュラの鍋を買おうと思っている。ボーナスが満額でるらしい。ロードバイクとレコードプレイヤーを買う。ロードはラレーのCRF。クロモリ。今朝はラディアンの新譜からゴーゴーペンギン。洗濯をして朝御飯を食べ役所に行きフライヤーをデザインする。明日は本棚を組み立て表参道で買い物をする。今月はひさびさに詩を投稿できる気がする。2ヵ月ぶりの連休がいまはじまる。

(通りすぎる宿命としての)折れる名前の反発

ヨアキム・トリアーの『母の残像』を観た。彼が立つ場所は文学である。文学からの沸騰/要請がカメラを回し、演出をかける。ここで名指す文学とは詩でもある。言葉に頼りすぎてどうしようもなくなってしまう映画がよくあるが、彼はその悪弊に陥らずに「映画的」に映画を自立させている。

長編第一作『リプライズ』では、、、、、。
つかれたな。おれはつかれたよ。
とにかくヨアキム・トリアーはめっちゃいい。とくに『リプライズ』。ラース・フォン・トリアーももちろん好きだけれど、あんなに暗くないし(『ボス・オブ・イット・オール』はまだしも、『イディオッツ』とかあかるい雰囲気をもっていておかしくないのにくらーい感じでしょ、いいよね)。とはいえ『オスロ、8月31日』なんかは陰鬱な00年代邦画的アトモスフィアをかたちづくっていてそれもまたいいんだ。

明日は休みだ。ハッピー。

燃えている、次の根を刈ろうとして

冬が好きなのは雪が降るからであり、生まれた月があるからであり、東北育ちだからである。初雪が降ってわくわくがとびはねた。

しごとがおわるのは日をまたぐころで、駅までの十数分を外套を羽織らずに歩くことがまいにちのひそかなたのしみになっている。デスクワークでたまった熱が、からだの端々からほどけてゆく感覚がおもしろい。

シロップの新譜、けっこういい感じな気がする。まだちゃんと聴けてないんだけれど。ツアーのセトリがいいのはまちがいない。もう東京は売り切れだろうか。マニヘブも買えなかったよね。ファック。

鈴木一平『灰と家』を購入した。通販で本買うのはなにげにはじめてかもしれない。栞で金子鉄夫の生存を確認してよろこぶ。詩はまだ予約特典のぺライチしか読んでないのだけれど、ポエケットで手に入れた予告編の時点ですごいいい感じだったのでちゃんと読むのがたのしみ。はやくやすみがほしい。

レコードプレイヤーがほしい。予算5万くらいで、アンプとかもろもろ込みで、おすすめあったら誰か教えてください。

複製暴力の憑依

のりりんを最後まで読んだ。駆け足な気がしたけれどきれいなおわりかただった。ロード力がたかまる。鬼頭莫宏すきなんだよ。漫画買いまくるようになった頃に『ぼくらの』を集めていたものだから思い入れがある。いま新連載やってるんだろう。読みたいよな。

かっちょいいジャケットを買った。いわゆるボンバージャケットというやつだ。こういう丸いシルエットはよい。アームホールが細めでしゅっとしているのもよい。着丈長めの「ザ・コート」って感じのやつを今年は買おうと思っていたのだけれど、試着したら逃れられなくなってしまったね。服はもうしばらくいいから、つぎは靴だね。サンドカラーの。

つまり2週間ぶりに休みがあったんだねえ。いまは帰りの電車、暑くてしにそうだ。

ファット、アーマード、ファット

文章を書きたいのだが、まいにち仕事だけでおわるのでとっかかりがない。いや、書きかけの詩や小説や批評はあるのだ、あるのだがそこまで脳が動作しない。そんなこといってるからいつまでたってもかたちにできない。打破のためには自分に時間を与える余裕が必要だ。スペースをつくる、この筆記の試みもその一手である。

電車に乗っていると声が聞こえる。よくしっているひとの声だ。目をそちらに向けるとぜんぜんしらないひとが喋っている。おれは声でひとを判断/判別していると思う。声は顔をあらわし、顔は声をあらわす。

アラブ人に日々近づいていく。