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sandro perri『In Another Life』ばかりをかけている。4曲しか入っていないアルバムで、しかもそのうち3曲は同一の楽曲のバージョン違いというストイックな形式の盤なのだが、それぞれほんとうにすばらしく、たゆたうムードに心が洗われる思いがする。こういうミュージシャン、おしえてください、いまはarthur russellを聴いています。

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これは1曲目に収録されている表題曲、昼下がりのだらだらした時間にぴったり

作業の参考にと『妄想代理人』のOPを観、めちゃくちゃいい映像だなと思う。コンセプトの勝利。なにごとも、コンセプトさえしっかりしていれば、ある程度の強度は保証されるものだ。今敏は『東京ゴッドファーザーズ』がいちばん好きで、今年上演された舞台も観に行きたかったが、むろん、それは叶わなかった。なお、作業の参考にはならなかった。

保坂和志コーリング」を最後まで読む。文のきっさきがずっとふらふらしていてたのしかった。つぎつぎにあらわれる登場人物の関係性をすべて把握するためには作図が必要だと思ったが、べつになんとなくの理解のままでも読むのに差し支えはなく、窓や音楽を効果的につかって空間をなめらかにつなげていく手法のあざやかさにただただ身を任せればいいのだった。たとえばこんな箇所。

 美緒は高橋悦子ともっといろいろ話をしたかったと思った。ブーツをしまい、立ち上がり思いっきり伸びをしながら窓の外を見た。ビル工事のクレーンはやっぱり動いていた。
 浩二は窓の外を眺めながらスピーカーから七〇年代ポップスの流れるのを聴いていた。

美緒と浩二はまったくべつべつの場所に存している。それを窓いちまいで接続する、映像的なつなぎ、つまりはカット割だと思う。さんねんまえに文芸誌にだして二次選考で落ちたわたしの小説はそういう意識で書かれていて、というか、いま書いているものもわりと映画の文法で考えて/書いているところがあるので、こういう文のはこびを目にするとかんたんにやられてしまう。かつて中上健次『岬』の読書会をした際に「浄徳寺ツァー」の一文内における時空間のジャンプを先輩が指摘していて、たしかにこれはヤバイ!と盛り上がった記憶があるが、それも似たようなものだ(ほんとか?

ほかにも、こんな場面にわたしはときめく。

 土井さん、藤枝さん、平岡さんの男三人はたいてい寄り集まって悪い相談をしていた。経理の前田さんはそれが目に入ると気が散って仕事が進まなくなった。前田さんは仲間に入りたいくせに気が小さいからいつもぐずぐず言っていた。藤枝さんは派遣のリストでかわいい子を見つけると必ずエッちゃんに見せにいった。エッちゃんが派遣の窓口だったからだが、本当は藤枝さんはエッちゃんが好きだった。エッちゃんのことは土井さんも好きだったが、土井さんは気が多すぎた。平岡さんは大学の同級生だった子とつき合っていると言っていたが、いつか知らない内に岩本さんとつき合いはじめた。

まだしばらく続くのだが、この怒涛の人物のいりみだれの波のたのしさは特筆に値する。登場人物は多ければ多いほどいい、と保坂が言っていた、と書いてあるのをむかし読んだおぼえがあるが、ここを読めばわかる!となってしまう。いや、ごちゃごちゃしていてわからんよ!という意見がでてくるのもわかる、が、わたしはそんなごちゃごちゃはべつに整然とさせる必要はなく、ごちゃごちゃのまま読んでしまえばいいという考えなので、さほど気にならない。谷川雁がテーマでもモチーフでもなくマチエールを称揚する態度は、この文の起伏そのものに着眼する姿勢とかさねて見ることができる。


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ロゴデザインのラフ案をもりもり描く。ボールペンでの手描き。3字のロゴで、まっさきによい感じの案ができたまんなかの字のすわりから、前後の2字を考えていく。ロゴはむつかしい。別件のタイトルデザインを先方に送る。

夜、春巻き。豚ひき肉、しいたけ、ニラ、生姜。中華スープの素、五香粉、花椒、塩、胡椒、醤油、酒、片栗粉。ベリうまい。餡があつすぎて口内を盛大にやけどする。春巻きは祖母のリクエストで、彼女はつくったこともないし、食べるのも何十年ぶりかしらと言っていた。この突如目のまえにあらわれた年月のあつみに、なにかおおきなものと対峙した気分になる。

ベッドに横たわり、保坂和志「残響」冒頭を読んで入眠。