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昼下がりに起き、こんなに寝てしまってと落胆しながらカレーを食べる。夕飯用ににんじんとあぶらげの炊きこみごはん、もやしとネギの中華風なむるをつくる。釜を見た妹からにんじんごはんをつくってくれといわれる。ともに食したなつかしい給食の味。再現したらあと気合を入れる。食後は文化庁の申請のための下準備。明日投げられればよいが。

わけのわからぬ同情がきらいなのは、それが考え抜かれていないままにさしだされるからであって、思慮の浅さこそが「共感」を生んでいるのだと気づいた。ものをきちんと考えるひとは、けっして他者に「共感」したり「同情」したりしない。「未熟な同感者」であるわたしは、もちろん共感も同情もする。安易にする。であろうとも、そこに思考の鏨を打つ姿勢はもっていたい。自罰性と加害性をともに引き受けること。共感なしのコミュニケーションはひじょうにギスギスしたものになるだろう。共感はひととひとをつなぐための潤滑油でもあるのだから。それを抜きにしたやりとりを、おたがいが耐える関係性なんてはたしてつくれるのか? 少なくとも口頭ではむりとしか思えない。だが、そのむりさの綱を必死でわたろうとするのが、わたしにとっての言語表現なのかもしれない。グラフィックや美術の領域ではあまりそんなことは考えていない気がする。

昨日よりさらに遅く起き、炒飯。ひき肉長ねぎ卵のシンプル路線でやろうとするが、消費期限が切れそうな野菜炒め用の野菜が冷蔵庫にあったのでそれも入れる。シュフのたたかいのひとつに、いかに食材をむだにしないかがある。チャーハンはパラ系でなくしっとり系。うまし。てきとうにきざんだキャベツをポン酢チーズかつお節で和えたものをつけあわせに。


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AppleMusicのNew Music Mixで流れてきたFreak Slugがミッドナイトによい。niquoというトラックメーカーとのコラボアルバムがよい。Men I Trust的チルい浮遊系ドリームポップ。リリックが耳に入ってこないので試訳対象にはならないが、、つぎは以前に部分的に訳したidlesだろうか。

ポケモンバトルがしてえ、とパーティジェネレーターで好きなポケモンをならべ、タイプ相性をしらべるなどする。努力値だの個体値だと育成厳選抜きで、ポケモンバトルだけできるポケモンとか発売されないだろうかね。味気なさすぎか。ミュウツー的発想だ。

小説と申請をおわらせる。