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文化庁を崇める未来が見える。行為を憎んで組織を憎まず?とあいちトリエンナーレへの助成金撤回に対するデモへと足を運んで、デモのためのネットプリントをつくったり、抗議のためのイベントを開催したりしたことを思いだす。「感情で記号だけ攻撃しろ!」?

というわけで助成金を得るためのじゅんびに時間を費やす。こうした手続きをぴゃっとできるような身軽さと慣れがひつようだ。

夜は鶏肉と玉ねぎと蕪の和風カレー。ハウス食品のカレー粉、クミンシード、ニンニク。塩は気合を入れて入れろ。かつおぶしと玉ねぎドレッシングが隠し味。好評を得る。団欒にはまざらず、わたしは+1(ぷらわん)という大学時代の浪人組同期とビデオ通話をしながらそれを食す。定期的にあつまっていた盟友たちだが、こうして3人で顔を突き合わせるのはかなりひさびさである。がぶがぶ梅酒を飲み、近況を話しあい、これまたひさしぶりにきもちよく酔う。みな元気そうでなにより。おたがいがんばっぺえと気合を注入しあい、3時間弱くらいで解散。わたし以外のふたりはともに通話中に恋人が帰ってきて、我が身のかそけさを思った。眠気にまかせてそのまま沈没。


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ラブthe春巻き


3時すこし前くらいにめざめ、水をがぶがぶ飲む。あまりにのどが乾いているので、コップになみなみ注いだ水2杯を、時間をあけてにどにわたって飲み干した。水を一気に飲む快楽。わたしの体内の中心部に穿たれた管のなかを大量の液体が通っていく快楽。そんな快楽があることをあなたはご存知ですか。

ぼんやりまなこでdpzを読みながら感動したのは、ユーネクストのバナー広告がその上をゆびでおさえてスクロールしてもリンク先に飛ばされないことで、ぜひともあらゆる広告はこういう設計にしてほしいと思った。いらいらする広告について以前触れたことがあったが、クリック数を上げることしか考えていない本末転倒の広告をのさばらせていてはいけない。

dpzで食う記事があったが、アカマンボウがどうのという炎上ついを経由して「今日から恋人」「OZEN」というマッチングサービスの存在をしる。前者をじっさいにつかってみたひとの体験談を読んだが、運営サイドの人間が「○○才○○卒○○似の方」というような提案のしかたをしていて、そのルッキズム全開かつ新自由主義的(ひとに対して臆面もなく「スペック」とかいいだすような下劣な心性がそこには透けて見える)な品評的な目線にオエーとなったのだった。どちらのサービスも既存のマッチングアプリでは「非モテ」が見向きもされないという点を強調していたが、「恋愛市場(おそろしく、いまいましい言葉!)」における、よりおおきな枠組みについてはどうでもいいのだなということがよくわかる。ベル・フックスが『フェミニズムはみんなのもの』でいっていた改良派フェミニズム/革命派フェミニズムのアナロジーがそこには見いだせる。前述のオンライン飲み会でもわたしの境遇を慮ってタップルがどうのという話が友人のくちからでたが、わたしのマッチングアプリに対する不信や不快のありかはどうやらそのあたりにありそうだ。まったくちがう文脈の、異なる用法ではあるが、「俺達は機械じゃねぇ!!」と嵐山歩鳥もいっていた。わたしたちは市場の魚でも、目利きの銀次でもない。クソのような時代を生きるわたしたちには、恋愛を語るためのあたらしい語り口が必要だ。