搾取構造にたったひとりで立ち向かうのはほんとうにきびしくむつかしくつらいことだとしばらくやりがい搾取の場に身を置いていて痛感しました。それなりにたたかったとは思いますけど、どうしたって途中でつかれてしまうんですね。志半ばで、むざんにもたおれてしまうわけです。そこで問題になるのは金銭です。搾取される側に配置されざるを得ないわたしたちは、「勉強のため」やら「世話になったんだから」やら「権利のまえに義務がある」やら、どう考えたってイカれきっている論理に裏づけられた、金銭の支払われない労務を背負されるわけです。労使関係は傾斜のつよい不均衡な権力関係によって成り立っていますから、歯向かうことがそのまま是正にむすびつくことはそうそうありません。この深い穴からかんたんに逃げだすことができればとっくにそうしているわけで、それ以降もその場に身を置かなくてはならないことを考慮すれば、逆にその行為が自分の首を絞めることにつながりさえもするのです。資本主義から逃れたい、資本主義をぶっこわしたいのに、金銭の問題にがんじがらめになっている。そのどうにもできない矛盾に全身が張り裂けそうです。

そんなことを思いながらケン・ローチの『ケス』と『家族を想うとき』を観たのですが、2本目の『家族〜』でそれはもうボロボロ泣いてしまいました。つらすぎます。この世界で生きていくのは、あまりにも過酷で、涙なしでは日を越えることができません。ほんとうに、どこにも、逃げ場がない。行きたくもない地獄へとふたたびアクセルを踏んで向かってゆくラストシーンのかなしみには目も当てられません。この時代に呪いのようにしみついた、おさえきれない悲哀がそこにはあります。以下はついーとした感想です。

家族を想うとき、あらゆる責任を個人に転嫁し、搾取に次ぐ搾取を生みだすネオリベラリズム。逃げ場のない資本の論理の専制であるこの悪しき社会構造に絡めとられ、身動きのとれなくなった家族の痛ましい亀裂と破綻が、安易な救済なしに描出される。いろいろと身に刺さりすぎてボロボロ泣いてしまった

現代の社会状況に真っ向から対峙した、ほんとうにすばらしい作品だったのですが、観おえたときに、このような「家族」がそばにいるだけ「マシ」だと思う自分もいました。家族は足枷にもなり得る逃れがたい共同体であり、本作のなかでもそうした場面は描かれていましたが、けっきょくのところその血縁によるちいさなコミュニティを肯定すべきもの、その構成員同士が支えあい、助けあうよきものとして描いていたように思います。

はなから家族がおわっているひとたちについてはここでは触れません。そこにはこの映画で描かれていたのとはまた別様の地獄がひろがっていることでしょう(同時上映の『ケス』はどちらかといえば家族がおわっているものとして描かれた映画でした)。わたしが着目するのは家族をつくれないひとたちのことです。後期資本主義といってよい現代は、恋愛においてもその論理が浸透しきり(くわしくはミシェル・ウエルベックの傑作デビュー作『闘争領域の拡大』を読みましょう)、先進国を中心に、未婚率・非婚率が上昇しつづける傾向にあります。孤独死という言葉が取り沙汰されはじめてからずいぶんと年月が経ちましたが、その語のひびきはもはや身近なものとしてあたりをただよい、自身の将来を考えたときにもけっして他人事ではないように思える結末のありかたのひとつです。

たとえばポン・ジュノの『パラサイト』。あるいは是枝裕和の『万引き家族』(未見)。両作とも貧困や階級が描かれた同時代の映画でしたが、これらの作品は家族がすでに前提として存在し、なおかつそこには支えあうちからがはたらいていました。ショーン・ベイカーの『フロリダ・プロジェクト』などもこの系譜に入れてしまってよいでしょう。そこには貧しいながらも助けあうひとびとのすがたが映っています。

しかし、時代はそのささやかなつながりからも断絶されたフェイズに突入しているように思います。孤立無援の花、それも立ち枯れた、むしろ花だったことなんていちどでもあったのかと問いただしたくなるような棒切れが、そこかしこにくたびれたすがたで地面に突き刺さっています。いったい、だれがそんなものを顧みるのでしょうか。彼ら/彼女らには、もたれあうための肩も、差し伸べあうための手もついていないように見えます。すかすかの空洞でその身をいっぱいにしながら、現代社会の荒々しい鮫肌によってぼろぼろになったからだを、必死でその場に留めておくことで精一杯なのです。


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こんな話もベースにしつつ、9/1(火)の「書物と対話.1×talking politics.1 廣瀬純×小泉義之『アンダークラスの視座から撃て』」と9/2(水)の「新しいワーカーズ・コレクティブのための試談」はやっていく予定です。資本主義やら新自由主義やら労働問題やら生きたい死にたいどうしようという皆さん、何が解決するわけでもないですが、とりあえず集まって話しましょう。ひとが集まれば、何かしら生まれるものです。どうぞよろしくお願いします。

夜、ナポリタンもどきのあまり、クラッカー、レバーパテ、プロセスチーズ(サラミ味)。ブラディメアリ。