ブルー粘土煮るだけ

 きみの涙は減塩だというウワサをきいてからどうにかしてそれをたしかめてみたいと思い、ぼくは料理学校へと通いはじめたのだが、肝心の先生には両腕がなく、「ここでは主に加熱について学んでもらう」と足の指で器用にコンロを着火させたので思わず「ブラボー」と拍手したところ「手のないわたしへの嫌味か」と左足の長くのびた小指の爪でほおをひっかかれ、破傷風になってしまった。
「それは災難だな」
「ああ」
「ところでそこでおまえは何を学んだんだ?」
「はじめちょろちょろなかぱっぱ」
 腹話術でひとり会話を試みてみるがなぐさめにはまったくならず、くちを動かすたびにほおからは膿がだだもれ、あまりの痛さに涙もたれるのだが塩分過多、傷ぐちに塩、青菜に塩、敵に塩を送るレヴェルの激痛激痛激苦痛笑、逆立ちをしてその進路を変えざるを得ない、そもそも料理をする場に破傷風菌がいるのはとてもまずいのではと思い立ち学園に疑義をしたため投書してみたのだが一向に返事はなく、一切の反応もなく、ホームページにはたのしげにわらうクラスメイトの集合写真が掲載されている。もちろんぼくもそこにうつっており、のんきにくち笛を吹いているような雰囲気でもちろんぼくもそこに写っており、まちがいなくぼくもそこに移っており。オリオリオー(オリオリオー、こだまがどこからかきこえてくるような幻聴にまで悩まされ、そうか、逆立ちをつづけているから三半規管がイカれてしまったのかとわたしは壁を蹴り、うつぶせの状態で床に叩きつけられた。ビターン。これが肉をやわらかくするコツだと先生はくちうるさくいっていた。むろん、ぼくのはまだ先生の華麗さには及ばない。先生はもともと精肉工場ではたらいていて、あまりにも仕事に打ち込んでいたことがわざわいして肘から先をミンチにしてしまったのだった。
 プルプルプルと電話がなった。ぼくの痙攣に同期するようにバイブしたのですこし反応が遅れたが、もちまえの前のめりな性格が功を奏して3コール目のなかばで「はい!」と絶叫できた。この電話は集音機能がわやになってしまっているので全力で叫ばないと相手に声が届かないのだ。
「もしもし!!」
「もしもし!!!」
「もしもし??」
「もしもし???」
 ぼくの声が反響する。返事はない。もしかしてつぐみちゃん? つぐみちゃんの涙が減塩なのって本当なの? ねえ、きいてる? つぐみちゃん?
 ブツンと電話は切れてしまった。まっぷたつである。しかたがないのでぶつ切りにし、湯を沸かした鍋に一気にほおりこみ、煮物にした。ちょっぴり涙の味がした。