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事後的な了解を共通の敷布団として

何かに対峙したときのわからなさが、のちのちにすんなりと理解できる。この積み重ねが成長ということで、ぼくの敬愛する廣瀬純が「毎日毎日すこしずつ賢くなってってるんですよ」(http://radiumcity2015.tumblr.com/post/124215846260/%E5%BB%A3%E7%80%AC%E7%B4%94%E3%81%95%E3%82%93-%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88-20150523)というような感覚をもちつづけることで、ひとはだいぶおもしろい姿勢で日々の生活を過ごすことができるんじゃないかと思う。そういう点でいえば、人間はずっと成長しつづけるいきものだというエリクソンの発達段階的な考えはひとつの指針として役に立つ(彼は老年期にその発達が止まるというが、死ぬまで前進しつづける気概があった方がいいんじゃないかと考える、70代とかになってもいきいきしてるひとっていいなー、すげーな、こうありたいなって、しおしおした老後とかつまんねーだろーなーって、20代半ばのぼくは思ってるんです)。

復刊したスタジオボイスのユース感ってめっちゃいいなって最新号でるたびうなっている。毎号誤字脱字があるのもなんかいいなって(ほんとか? 笑)。就活時にエントリーシートだせばよかったなっても思うんだけれど、場がちがえどもマインドは同じだぜみたいな、そんなきもちで日々サバイブしてます、90年代生まれとして。