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そこにふくまれない氷を置いておく

だいぶ鬱ぎみな気がする。気落ちがはげしい。きょう(8/5)は『シリア・モナムール』を観た。いまのシリアを撮った作品だ。重たい。とても重たい。映画を撮る。映画をつくる。映画を撮ろう。それが希望になる。ものをつくる。はげます。はげまされる。父の言葉を話す息子の想像力につよく胸を打たれた。帰りの電車では、映画を故郷と呼ぶメカスのことを思ったりした。

ドキュメンタリーといえば6月に観た森達也の『FAKE』もすばらしくよかった。すっかり感動させられてしまう自分がいて、わたしはいまメディアに翻弄されているという自覚をうながしてくれる。言葉を話させる、インタビューとカメラの機能のおもしろさ。愛の物語、偽りなし。ドキュメンタリストとジャーナリストはちがう生きものである。

映画、映画の話。先月は1本も観ていない。映画館に通うようになったのは2012年からなのだが、月間映画鑑賞本数0ははじめてのことである。あとから気づいてショックを受けた。今月は『シリア~』のほかにも『ヒップスター』を観たり、大学卒業以来の撮影の現場にいったりしている。前者は同じ監督では『ショート・ターム』の方が好きだけれど、家族や友人といったちいさな世界のことをていねいに綴る姿勢や、感情をゆさぶるシーンの描きかたにはにまにましたり、涙を流したりした。後者はデジタルでなく16ミリフィルムの撮影で、わくわくした。コダックから今秋スーパー8がリボーンされるが、発売したら買って映像を撮るよ。

こないだ代官山ユニットで観たミヒャエル・ローターのマラソン感あるミニマルさをたまに思いだすお盆を過ごしています。