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浅瀬の溺死体が群れだす前に

未完成の下書きだけがたまっている不健康な状態なのでもっと息するように言葉を書いて、いこうって、そう思ってあたらしくブログをはじめたはずなのに、こうやって自然さがなくなりはじめているから、あらがう。がうがう。

きもちが暗い。ひとと話すのがへたくそすぎて誰とも喋りたくなくなる。でも他者を求めている。だいたいはコードがちがうからおもしろくない。おれは何の話がしたい? 浅瀬で溺死しそうだ。

どこに時間を擲つかだと思う。やりたくないことに身を投げ入れていることがとてもかなしい。書いてて涙でてきそうになってきたのでもういい(日を置いてこの文章を読み返している。言葉のあいだあいだにふくらみがうまれて、筆記当時のかなしみは細まっている。時間を置くこと、引き延ばし、延長)。

自分がいま置かれている立場や境遇を、別の誰かに話す、その行為をくりかえすことでひとは健康に向かえるのだろうか。同じ話をするたびに、何も変わっていかない自分を実感せざるを得ないのがつらい。飲み会でくだをまいて満足する自分もいる。死ねばいいと思う/殺さなくてはならない。

自身に責任の所在をおけないことに対して真摯でいようとするのは全身が引き裂かれるようである。自分を裏切りたくない。いまと並走していたい。

『メニルモンタン、2つの秋と3つの冬』を観た。ちょくちょく物語に挿入されるカメラを意識した回想的モノローグや、映画や絵画など数々の芸術作品(ブレッソンムンクジャド・アパトー……)に対する言及など、随所に遊び心がきいていてよい。ギヨーム・ブラックのいくつかの映画(『遭難者』、『女っ気なし』、『やさしい人』)を観て以来、本作でも主演をつとめているヴァンサン・マケーニュのファンなのだが、今回も彼のチャーミングさが全体の「にくめない感じ」をつくりだしていた。あと日本版のフライヤーがとてもいい(オリジナルはともかくUS版はちょーダサい)。

たったいま、目のまえでひとがたおれるのを見た。何もできない。何もできないが。