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滞留の習性にむりやり折り目を付けていく

寝不足で電車に乗るとたまに脳貧血になってうずくまったりするのだけれど、東京では誰も助けてくれないのでつらい。では地方では助けてくれるのか? べつに東京は敵ではない。そもそも地方では電車に乗らない。つり革につかまってもう電車になんて乗りたくないと思っていると、隣からか細い歌声が聞こえてきた。イヤホンを耳に挿した女が小声で歌っているのである。小田急線ではときたま、安倍総理に手紙を送れと演説をするばあさんにでくわすことがある。そういう自由さに対していいなと思う「わたし/あなた」と、うるせー死ねと思う「あなた/わたし」の差異が可視化されることは少ないけれど、公共空間はこうした「ちがうひとびと」をきわめて近い距離のなかに集めてしまう。
以前、満員電車から吐きだされるとき、ドア横に立って足をかけてくる悪意の塊みたいなひとがいて正気を疑った(ちょうど変な歩行のリズムだったので引っかからなかった)。妊婦に足をかけるとか、そういう言説をネットで見かけるたびにそんなひとほんとにいるのかと思ってたけれどいるんだろうな。こういう摩擦に身を晒すことがほんとうにいやだ。
さて、この悪意ある暴力行為と、歌や演説といった悪意なき暴力行為を分け隔てるのは何か、とここまで書いてリンギスを読めばいい気がしてきた。『信頼』とか。

眼鏡を変えてから急激に目が悪くなった。眼科にいかないとと思いつづけてしばらく経つ。いけるタイミングが土曜日の午前中とかしかないのだが、二度寝三度寝して眼科の予定どころかいちにちを台無しにすることが増えている。今週末は早起きして、颯爽と眼科を受診しアケルマンの特集上映に駆け込みたい(先週行きそびれた。春にやる藝大での再上映でまた観れますように)。

何か予定や問題がたくさんつまっていてどうしようかと悩んでいるとき、まず家をでてから考えるということをしていきたい。動かない日が精神を不健康にしている気がする。