碑になる背骨の擦りあとをなでる

詩集の束見本ができた。よい感じである。本をつくるときはまず束見本だとかつてボスもいっていた。予算的にむりだと思い込んでいたが、ただでだしてくれるというので乗った。じつぶつがあることによる、イメージのふくらみはとてもおおきい。詩でたたかうのはもちろんだが、まず書物としてたたかえるものにしたい。編集者として、デザイナーとして、詩人として、渾身の一冊にしたい。

しかし資金がほんとに足りない。あてにしていたボーナスは南無三、アパートの更新料と保険料がかさなって御陀仏、おまけに冷蔵庫のドアがうまくしまらなくなる、デザインのしごと、募集中です、どうぞよろしくお願いします、、


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さいきんは弱気になることが多い。人生どうにもならないという言葉がよくあたまをよぎる。このどうにもならなさとがっぷりよつに組まなくてはと思うのだが、酒に逃避しまくっている。今日もビールがうまい。本格的にだめである。

反意の道順をふりかえりながらうろうろする

「KくんとFくんはいつも著者の考えとは反対のことを書くよね」

細かなところまではおぼえていないが、中学校時代、国語教師が授業中に発した言葉だ。Kくんというのは当事わたしがよく遊んでいた友人であり、Fとはわたしである。教科書やテストの設問としてよくあらわれる、「筆者の考えをまとめてそれに対する意見を書きなさい」に対する姿勢がそこでは俎上にあがっていた。いわれてみればたしかにそうだなと思い、えへらえへらと愛想笑いを返したのをおぼえている。

いまでこそ反発・反逆・反抗といった「anti-」の思考はわたしを成立させる骨子であるとの自覚があるが、当事から意識的に反旗をひるがえしまくっていたわけではない。とはいえ、反意の発露は教師が指摘するように無意識的にはおこなわれていたはずで、それがどんどんこじれていっていまのわたしがあるわけである。マイナー志向に伴うカルチャージャンキーへの邁進や、ネットへの傾倒だってここに淵源をみてもいいかもしれない。革命や反体制的なものに惹かれるのも、ここにルーツを発見することができるだろう。このO先生の発言を受けて、わたしのなかの「反」ははじめて認識され、その認識をふまえることによってより強固なものとなった。そういうことができる、と当時の年齢からおよそ倍となったいまに至って気づいたのである。

だがいったい、この反発はどこから生まれたのだろうか? その問いに答えることができるようになるのはどうやらまだまだ先のことのように思える。「O先生の発言を受けて、わたしのなかの「反」ははじめて認識され」と書いたが、その認識があったことに気づいたのは「いま」なのである。つまり、当時は、無意識的な抵抗の存在をこれまた無意識的に受容していただけであって、自らが抱える「反」の片棒をもってふりまわしはじめるのはせいぜい大学生になってからのことなのだ。そのことを理由づける象徴的な出来事がある。

高校生の頃、インターンシップの授業での話だ。これは心底杜撰な体験学習で、テキトーに2-5人程度に振り分けられた班ごとに、生徒の希望などはとらずにテキトーな会社が割り当てられ、そこで何日間かテキトーに疑似労働をする、というものだった。興味のないしごとをして何が得られるのか、と文句を垂れながらもわたしはそつなくその日々を終えたのだが、この無意味さとの対峙は、たしかに会社における日々の経験の先取り(事前学習)をしていたといえるのかもしれない。各班代表して1名の感想文を冊子にまとめる段になったとき、最初に白羽の矢が立ったのはわたしだった。ただそれは事前にはしらされず、完成した冊子を手にもった担任が、わたしのまえでこぼした言葉によって明らかとなる。

「最初はFくんのものを、と思ったんだけどね……」

第一候補となったわたしの原稿は、「こんな生徒の希望をないがしろにする選別方法はまちがっている!」といういらだちをぶつけたものだった。希望していない職務を割り当てられたがゆえに、勤務先への攻撃性もむきだしだ。無論掲載されず、けっきょくは無難な感想だけが活字として記録に残された。インターン先の会社にも配布するものだったらしく、不掲載は当然だと思ったわたしは、このときもまたへらへらわらってその場をおさめようとした。このときの、すこし困ったような顔をしたM先生の顔が忘れがたい。

この原稿に託されたいらだちはわたしのひねくれ性質が漏れだしているとはいえ無邪気なもので、ストレートな怒りの発散であった。そのことが、当時わたしがまだ自らの反意を飼い慣らせていないことの最大の証拠だ。「作品をつくる」という行為を本格的にはじめ、その原動力である「怒り」への対処を学ぶのは大学生になってからなのである。ある敵対者と対峙し、戦闘のための思考を練り、鍛え、摩擦させ、そのうえで反撃を行為していく。そこではじめて反抗はその明確な輪郭を獲得し、あざやかな残像をもむすびうるようになるのである。

ここまで書いてきてようやくわかったことがある。わたしの反意-怒りと、わらいは表裏一体なのだ。反発の記憶にこうもわらいが絡みついているのは、あらがいの皮膜として笑みがぴったりとはりついているがゆえなのだ。わらうな、と怒られたことがある。大学時代、小教室での授業に遅刻したときのことだ。わらってごまかすな。茶を濁すな。老教授のまっすぐなまなざしはそういっていた。しかしこれは処世術なのだ。反発をその場で解消せず、つねにかかえつづけるために編みだした、わたしのたたかいの方法なのである。

わたしはキレた人間が好きだ。単に怒っているという意味だけではない。極端で、大胆で、頭のねじが飛んだ、エキセントリックなひとのことだ。Kもそうしたタイプの友人だった。わたしとちがって反発をわらいでごまかすことはせず、対立者とはよくぶつかり、問題を起こしていた。そんな彼を、わたしはとても信頼していた。いまではもう連絡をとりあうこともないのだが、当時からつづいている――といっても、会話が生じるのは年に数回レベルになってしまったスカイプのグループチャットや、ツイッターのタイムラインで彼のことを見かけるたびに、ふと冒頭の言葉がよみがえり、「まだきみも元気に反骨しているかい?」と、声をかけたくなるのである。

アンダーザえくすぷろーじょん、

詩集編纂日記、まず現在の状況について、掲載詩編と掲載順がほぼ確定し、改稿をおこなっているところ、装丁以外の前付・後付もだいたい完成、明日は印刷製本会社の第一候補と打合せ、よいところがあったらぜひ教えてください、1_WALLのときのような目にはあいたくないので、、

秋ごろにだしたいなと思っているのだけれど、いちばんのネックは価格、どんだけかかるのだろうか? 日本では流通していなそうな本文用紙だったり金かかりそうな加工だったりを構想しているのだけれど、判型的にはちいさいし、部数もたいしたことないしな、まあそれらは明日わかることでしょう、出版社からだしたら100はいっちゃうんだから、それに比べたら、といっても正直きちいよね、、、


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夏の生田緑地で散策、森森していてよいとこだった



大麻解禁されたし音楽もサイコーだしカナダ移住本気で考えていくかと思い立っている、まずはワーホリ、年齢制限までにはまだ猶予がある、このまま日本にいて何かがよくなる気配がしない、alvvaysの来日がめちゃくちゃたのしみだ、チケット取れた勢いでオウガの野音も取ろうとしたのだけれど、わけのわからん手数料ばっか嵩んでアホらしくなったので途中でやめてしまった、搾取搾取、ファックオフ搾取、

今日はゴールデン街で飲んだ、ひとりで外で飲むのもいいもんだなと思うような歳になってしまったね、最寄り駅でも行きつけの店もうけたいよな!

経過に伴う犬吠えの過大化

wifi環境がなくなってからまいつきおなじようなことをいっている気がするが通信制限がかかってしまうとあらゆるやる気がしなしなと萎えてしまい気温も上昇、水シャワーがきもちのいい季節になってきた、

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おれは夏がきらい、だけれどカネコアヤノが「夏が終わる頃にはぜんぶがよくなる」と歌っているからよくなることを期待して乗りきっていきます、『祝祭』、これまでのアルバム群からぐぐっ、と突き抜けてきた名盤だと思います、「睫毛の詩学」とでも題して詩論でも書くかい? (一回フリーペーパーをだしたきりで頓挫している邦ロックの詩学を問うていくテキスト、どっかでまた復活させたい、菅波栄純、石原正晴、出戸学、酒井泰明、そのあたり、そのあたり、)

さいきんは古いユリイカ(71,72年)の詩にまつわる座談会を読んでいます、吉本隆明稲垣足穂イカモノだよと話していてなんかわらえる、戦後詩のアンソロジーを読みすすめながらいまでも通用する/しない詩のちがいを考える、座談では途中、那珂太郎の「繭」が話題の中心にあがっていてみな喧々囂々(清岡卓行大岡信が賛、鮎川信夫が否よりの中立、吉本が否)いっているのだが正直どこがよいんだ? という感じで、掲出されている語句で考えるならば文学性-ことば/芸術性-造型の両輪においてそこに緊張感を見いだせるのか見いだせないのかみたいなところがキーだと思うんだけれど、そこで吉本がこれまたイカモノとして並置する志郎康の方が断然たたかっているしおもしろいと思うんだよな、まあおれは那珂太郎の詩をこれまでちゃんと読んできていないので詩論含め体系的に読んできている清岡とはどうしたって離れちゃうんだけれども(この「体系的に」ということ、体系(的)などくそくらえと思ってしまうわたしの肋の間隙に、熱した鉄棒を突き刺しておくれよ)

で、この二元論ってのはヤーコブソンにも接続できる話で、さいきんみた実験映画について「物語」との対峙の問題でちろちろ、というよりもおれは物語に逆らってこそだろ! みたいなテキストを書こうと思ったのだった、アンチ物語、物語に服従したらもうおわりだよ、「詩人は批評が書けなければダメだ」(松本圭二)、「無防備な批評的言語が生まれない」(稲川方人)、ほんとだよな、予定調和の、だれかの溜飲下げるための文章なんてゴミでしかない、穴だらけでも腕力と脚力でどろあそび、どろまみれ、カッコいい泥の城つくったろうぜ!

次回からは詩集編纂の進捗を記録して自分に発破をかけてゆきます。

不成立の気泡(つまめない豆たち?

どうぶつえんvol.8に発表者として参加した、パフォーマンスと銘打ってひとまえで何かするのは2014年に新聞家にでたとき以来で、先日の1_WALLの公開審査もまあパフォーマンスといえばパフォーマンスだけれどあれは飽くまで審査だからな、そんなこころもちで緊張しつつもレクチャーレクチャー?、あまり成功したとはいえない手ごたえでおわったのだった、(とはいえ、参加者の幾人からかはうれしいコメントをもらえてとても励みになりましたありがとうございます)


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隙だらけで雑雑した感じを目指していたとはいえちょっとツメが甘すぎて、対話の重要さを説きながら自分がひとの話をちゃんと聞いていないさま(ハムナプトラの話をしてくださった方、ほんとうに申し訳ないです)を露呈していく、これはまさに1_WALLで《踏み外さない対話のための第一行》なんて作品をだしておきながら家ではコミュニケーションの断絶が起きていてまさに審査日の前日に恋人に別れを告げられていることがまったく反省されていない、、ちなみに今回おこなったパフォーマンスのタイトルは《踏み外さない対話のための第一声》、そう、名前からして延長線上にあるというのに!(この「名前を付けること」、について当日話せなかったこと、美術家が付ける《無題》《untitled》がゆるせないという話、そこで作家が作品に対する責任を放棄するなよと思う、これはまたどこかで問題にしていきたい)

とにかく話したいことが山ほどある、ということに話しながら気づいて、これをぜんぶ言葉にしていたら日が暮れる、ということで切り捨てたことがらの一部をこの場をつかって反省および整理してゆきます。

まず自己紹介をもっとするべきだった、おたがいの名前の開示だけで深まるコミュニケーションの深度なんてほんとたかが知れてる、むしろこの一点で勝負すべきだった? いや、そうすると詩の話が飛ぶ、詩の話にもうすこししぼった方がよかったかもしれない、めのまえにひろがる光景を見て、それぞれのいだいたイメージがぜんぜんちがう、という前提を共有したことと、そのイメージをこれまでの全人生を懸けて言語化、名付けていくこと、つまりは詩を書く際の掘り下げの深さが感動の尺度のひとつになること、わたしだけの、極限の感情がひとつのコードとしてひととひとのあいだで了解されるとき(詩を読んで感動する瞬間)の関係性、そうした詩的対話を現実の世界でもつきつめていくことができれば、世界はもっと平和になるんじゃないのか、とかそういう方向に思考はのびのび、きりがなくなりそうなのでこのへんで、それにしても自発的に話をすることのむつかしさを痛感した、また同じテーマでパフォーマンスしたいな、リベンジしたいなと思っております、たぶん詩集刊行時にでも、プロジェクションと音楽をレイヤードして、編集的かつ対話的かつ詩的なレクチャーパフォーマンスの可能性を探ってゆきたい。

(そしてこの対話への執着はもしかして高校生の頃にどっぷりとハマっていた人狼に多少の遠因を見いだすことが可能なのでは当時のログを読みながらさいきん思いはじめている、相手を説得することに全力を懸けて発語する姿勢はよりよい対話を考えていくとき現実世界にも応用きくじゃんね、またやりたいな、)


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あと当日読みそこねた読もうと思っていたテキストをアルフォンソ・リンギス『何も共有していない者たちの共同体』(洛北出版)からひいておきます。岸田将幸も詩文庫だけじゃなくて『亀裂のオントロギー』(思潮社)からも読もうとしてたんだけれどいかんせん時間がうまく配分できなかった。

"何かが一人の官能の共犯者から別の共犯者へと伝わる。何かが理解されたのである。*共犯者の間で使われるパスワード*(**間は傍点)が認識されたのだ。あなたを同じ仲間の一人の共犯者に仕立てる何かが語られたのだ。ケツァール鳥、野蛮人、原住民、ゲリラ、遊牧民、モンゴル人、アステカ人、スフィンクスの。"

あともうひとつ、おわったあとに話しかけてくださった方との会話でうろおぼえで引用したハネケの言葉も置いておきます。

"他者と同じ考えになるなんて、性器と音楽を通じて以外、決してありえないのです。もちろん、これらの領域でもごまかしはあるでしょう。しかし、その関係の強さは、あらゆる語が誤解の原因になってしまう言語を使ったコミュニケーションで交換されうるすべてを超えています。(ミヒャエル・ハネケ、ミシェル・スィユタ、フィリップ・ルイエ『ミヒャエル・ハネケの映画術』、水声社)"


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あとは自分以外のところで、Aokidさんのパフォーマンスにおいて起こったハンドクラップによるやり取り、タカラさんのときのマイクとヘッドフォンを介した対話、たくみちゃんさんのフラフープによる他者への踏み込み、そういったところでいいなあと心をゆさぶられていたのであった。コミュニケーションのあり方にどうしたって言葉という切り口から思考していきたいおれはこうやって言葉を介さないコミュニケーションに羨望のまなざしをおぼえつつも、そこから感動や気づきを取りだしながら言葉にかえしていきたい、パフォーマンスで話しそこねたことでもうひとつ、このブログを読んでもわかる通りおれは饒舌タイプの詩を書くにんげんで、もう一方で、極限まで贅肉を削ぎ落とした言葉で詩を書くひとたちもいるわけで、このふたつのタイプについてもまたどこかで話す機会が設けられたらいいな、とにかく言葉を尽くして尽くして喋り続けるしかないんだという地平でわたしは生きているよ、イメージに近づくために膨大な言葉を費やしていくのか、ねらいをすまして端的に急所をついていくのか、そのちがいは詩だけではなくて生きていくうえでもおおきな問題だと思う、

どうぶつえんに参加して思ったのはやっぱり場をつくる、おれは場をつくる編集者になりたいって志して20代を突破しようとしてきたんだってこと、その初手として自宅を開放してイベントやっていこうと思います、まずは今夏に、何をするか決まったらここでも告知してゆきます、よろしくお願いします。


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告知といえば、排気口『謎は解くからだを休めることなく』のフライヤーデザインを担当しました。
今週末6/23-24(土日)、高田馬場プロト・シアターにて。
ぜひ足をお運びください。
ご予約はこちらから。
ぼくも最終日最終回にいると思います。
話しかけてくださるとよろこびます。

あらたな破滅をむかえるために

まいにち終電もしくはタクシーで丸ひと月休みなしみたいなクソほどいそがしかったときより思想的に相容れない企画書(スピりまくってる国粋主義的オカルティズムのざっし)を書いてるいまの方がつらい、おれはこんなものをつくるために編集者になったわけじゃない、帰宅してすが秀実の革あ革なんかを読んでバランスをとる、とらないとからだがはがれそうになる、どうにかしておれの趣味をぶちこんでいきたい。

告知、めちゃくちゃ遅くなってしまったけれど今日(!)、詩を読み書きするときの思考法をもちいた、対話のためのレクチャーパフォーマンスをします!


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代々木公園原宿門、14時集合、若いアーティストたちが一堂につどいます。ぜひおいでください!
おわったあとは公園でアフターパーティもあります!
初夏の風にゆられながら、ほどよく疲労したきもちでぱぱぱーんと乾杯いたしましょう!

かわしきれない祝福のさなかで

酔っ払ったバンドマンが「震災以後の音楽とは?」みたいなことを語っていてアツい、という出来事が先日終電も間近の井の頭線は吉祥寺行きであった。おれは下北沢で乗り換え小田急線にすべりこむ。東京にきてもう8年目だがいつまで小田急線沿いに住むんだろう? これといってほかの路線に住みたいまちがあるわけではないので、何より小田急自体もきらいなわけではないので、朝の混雑も引っ越してからはだいぶ緩和されたので、

海にいきたい、平賀さち枝の「江の島」か魚座の「海」を聴きながら、もちろんCDプレイヤーで、そうおれは携帯音楽プレイヤーをもっていない、まあ前述のプレイヤーは一応ポータブルだしこの記事を書くのに用いているのはスマホだがもってるCDのデータは何一つ入っていない、そういえばレコードプレイヤーの針がいつのまにか曲がってしまっていてせっかくの休日にレコードが聴けなくなってしまった、いったいいつこんなにゆがんでしまったのだ、


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バックホーンのライヴへいった、2年ぶりだ、めちゃくちゃよかった、いつの間にか洋楽ばっか買うマンになってしまったがそれでもいちばん好きなのはバックホーンなんだ。来年の2月には武道館で公演するという。リヴスコールツアーのファイナルがはじめての武道館だったなー、垂れ幕かなにかの前で女の子四人組とかに写真撮ってくださいと頼まれていた男のひとが、撮りおえたあとにぼくも撮ってもらえますかとiPadをその子たちに渡して「でかっ笑」ってわらわれていたのを思いだすな、たったいままで忘れていたのに何でこんなことばかりおぼえているのだろう、記憶のしかたが根本的にまちがってる、友達と話をするとよくそんなことを思う

薄っぺらなコミュニケーションに対抗しようとしているわたし、は傲慢なそぶりとしてしか身動きできないのでは、そうした予感をかかえながら、対話にまつわる「レクチャーパフォーマンス」といっていいのかわからない何かを計画しています、もうすこし内容をつめて、またちかくなったら告知します、1_WALLのプレゼンももともとはそういうスタイルでやろうと思っていたのだけれど与えられた時間に対してやりたいことをうまくつめこむことができなくてあきらめたよね、でもひとまえで喋ることがだんだんといけるようになってきた気がする、卒制での経験だってふりかえってみればめちゃくちゃ恥ずかしいことしてるわけだもんね、いつか個展をひらくときには再上映したい、、何かことを起こす際のおれの基本的なスタンス「埒外からの投擲」はあそこからはじまったんだねえ、

また通信制限、話にならないことばかり。